ぽつりとぬるい水の粒が鼻先を打った。ナマエとつられるように顔をあげれば、青白い月には途切れ途切れの雨雲がかかっている。
「土砂ぶりになるのでしょうか」
 視線を落とせば月光を浴びた卯の花が白く瞬いている。月が何個もあるようで、賑やかだとナマエは楽しげに声を弾ませた。
 そのまま先を進む。卯の花が咲く木々は拠点である平家に続いていた。
「卯の花の、匂う垣根に」
 ナマエが声を低くしつつ、歌う。つられているのか、跳ねるような足取りだった。聞き覚えのあるような、ないような歌詞だ。隣を歩く愈史郎は横目でナマエを見た。
「なんだそれは」
「え?」
 歌う途中で声をかけられたナマエは口を丸く開いたまま、目を点にした。
「題名は忘れてしまいましたが、学生時代に歌っていました」
「ふうん」
「叔父様は、歌いませんでしたか?」
「……覚えていないな」
 愈史郎は、興味のない風情をみせつつ、頭の隅をつついてみた。どうだっただろう――正直、級友の顔すらも、今思い出せるか怪しい。
 学校には通っていたのだが、持病により伏せっていた記憶の方が長い。天井を見つめていた日々は当然つまらないもので、自然と学習意欲が低下していた。そのためか、たまに受ける授業の内容など、記憶にわざわざ留めようとさえもしていなかった。
 鬼として、珠世と共に歩んできたここ十年ほどの記憶の方が鮮明である。
 愈史郎の一時の逡巡に気づかないまま、ナマエが花束のようにまとまって咲き並ぶ卯の花を指し示した。
「これ、すごく綺麗ですよね。少し摘み取って、お部屋に飾りましょうよ」
「悪くないな。珠世さまも気にいるだろうか」
「ええ、きっと」
 覗き込むようにナマエは首を下げた。
「叔父様のお部屋にもいかがですか?」
 何かを期待するかのようにナマエの目に光が宿っている。愈史郎は思わず目を逸らした。真っ直ぐな視線に煩わしさと困惑を覚える。愛玩動物ーちょうど使いとして飼っている猫のようなーをも彷彿とさせるこの類の瞳はどうも振り払いにくいのだ。
「興味がない」
 一瞬視界に入ったナマエの眉尻は、わずかに下がっていたが、ナマエはそれを打ち消すように「そうですか」と明るく言い放つ。
「それと」
 と、愈史郎は威嚇するように眉根を寄せて、口の端から犬歯を覗かせる。人よりも発達した歯牙にナマエは思わず身をすくめた。
「叔父様という呼び方は改めろ」
 そう、うっとうしそうに首を横に向ける。呆然と愈史郎を見つめるナマエの姿が瞳に映る。両者ともに顎を下げず、上げずとも、しっかりと視線が交差する。つまり、彼らの体躯に違いはほとんどないのだ。
 鬼は成長しない。愈史郎の体は鬼にされてからずっと変化させていないし、ナマエだってそうだ。おそらく、鬼にされたのはお互い同じような年頃だ。
 それなのに、ナマエは愈史郎を「叔父様」と呼ぶ。実年齢の差では、合っているのだが、やはり違和感がある。愈史郎はまだ自分が若いままであるという認識が抜けないのだ。精神が容姿に引っ張られているのか、あるいは月日の感覚が曖昧なのかもしれない。
「ヤです」
 いっと小粒の歯−きっちりと鬼のものであるが−を見せて、ナマエはきっぱりと、子供のように否定する。整えられた眉がつりあがっていた。
「私、愈史郎さんのお付きのつもりはありませんもの」
 ナマエが距離を詰め、愈史郎の腕を抱いた。柔らかな弾力が服越しに伝わる。
「それにこうやって名前呼びというのもおかしいでしょう?なんだか許嫁同士に見えますし」
「いッ」
 その言葉に意表をつかれた愈史郎は目を見開いた。復唱するほど思考回路がまわらず、い、とひたすら頭文字だけを口にする。
 普段は病人のように白い肌は茹でられた蛸のように赤く染まっていく。恥じらいも照れも微塵もなく、思考の大半が珠世にそう見られていたら、見られたら、どうする、という不安や怒りである。
 弾き飛ばすように腕を押し返せば、ナマエはあっさりと身を引いた。たたらもふまずに、想定していかのような軽やかな足取りだった。
 目を細めながら、「ほら、ね、叔父様」と同意を得ようと首をかしげた。
「それに私としては敬っているつもりで……叔父様?」
 自分を置いて大股で歩を進める愈史郎をナマエは慌てて追った。
「先に帰る」
「えっ、お、お花は」
 さすがに動揺の色を見せるナマエだったが、愈史郎はナマエの荷物を奪い、ついっと視線を前にやる。
「荷物は預かるから一人で摘んでおけ」
「そんな、叔父様」
 背後から呼ばれるが愈史郎は帰路へと急ぐ。耳に張り付かせるように何度も呼ばれるが構わず足を進めた。

 愈史郎の背中が見えなくなったナマエは「怒らせちゃった」とごちた。
 ぽつねんと一人残されてしまった。さてどうしようかと、卯の花を咲かせる木々を眺めているとナマエの視界は次第に暗くなっていく。
 顔を上げれば、厚い雨雲が月をすっぽりと隠してしまっていた。「降りそう」ナマエの鼻腔をくすぐっている土のにおいが強まっていった。


 雨が降っていた。水の粒の、土を打つ音が絶え間なく続いている。雨戸を閉め切った部屋の中で、珠世は深くため息をついた。
「卯の花が腐ってしまいそう」
 「せっかく開いていたのに」と整った眉を顰めて、憂いを帯びた表情をする。そんなことを呟けば、すぐに愈史郎が何かをいうはずなのだが、彼は別室に居る。それにナマエだって、此処に居たら、「では雨除けでもしてきましょうか!」なんて言い出しかねない。まだ彼女とは付き合いが短いが、なんとなく確信が持てる。
 一人微笑ましくなっていたが、すぐに現実に引き戻された。一緒に愈史郎と買い出しに出かけていたナマエが、まだ帰ってきていないのだ。愈史郎に聞いても「すぐに帰ってきます」の一点張りであった。
「大丈夫でしょうか」
 夜は鬼の活動時間である。愈史郎が目隠しの術を施したこの住居は基本的に安全であるが、外に出ていれば大丈夫だとは断定できない。
 胸につのる不安を裂くようにがらりと扉が開かれる音が耳に入り、ナマエの溌剌とした声が続いた。
「ただいま帰りました!」
 珠世が向かおうと扉を開くと、しとどに濡れたナマエが佇んでいた。珠世が口を開く前にナマエが「珠世さま!」と自分を呼ぶ。
「ここって、花入れありましたよね!」
「え、あ、ああ……ありますよ?こういうので、いいのですか」
 壁にかかったままの籠をナマエに手渡せば、ナマエは一目散に奥に引っ込んでいき、そしてすぐに戻ってくる。壁に打ち込まれた鉤に先ほどの籠をかけて、
ナマエはおそるおそると珠世の様子を伺った。
「――どうでしょうか、珠世さま」
 蔓で編まれた花入には先ほどナマエが摘んだ卯の花が生けられている。とはいっても、ただ他の花と一緒に、突っ込んであるだけだ。開花している卯の花が少しうるさく感じられるかもしれない。
 珠世はナマエを一瞥してから、素直に感想をのべようとしたが、言葉に詰まる。期待に満ちた眼差しに、どうにも否定しにくかった。思わず頷いて、「いいと思います」と口にする。
「ええと……」
 首を巡らせて、部屋の様相を確認した。診療台と、資料を入れる本棚と、自分用の机。本来なら、そこから季節の移り変わりが見えるであろう窓は雨戸をしめきってある。日が差さないよう配慮したこの一画が、いわゆる、診療室である。
「この空間は、圧迫感があります。患者の気持ちにも、支障が生じるでしょうから」
 瓶口に体を傾けた卯の花の葉先をなぞった。雨の雫で指先がざらついた葉の上を走る。滑らかな水の感触のなかに、生花特有の瑞々しさを感じられた。
「こんな風に彩られるだけでも空気の重さが変わった、と思われるでしょうね」
「珠世さま、それは患者さまだけじゃなくて珠世さまもそう感じられますか?」
「えっ」
「あの、ほら、此処って窮屈じゃないですか。だから珠世様にも外の彩りをお裾分けできたかな、というか、なんというか。ええと、買い出しは基本的に私と叔父様の役目ですし、作業も部屋も分担じゃないですか、私たち」
 顔が上気したまま言葉にしようとあれこれ身振り手振りしてみせる。
「こう、同じ空間にいても私は時々寂しいので、珠世さまたちでも一人は寂しいかなって思いまして」
 言わんとしていることはなんとなく理解した。帰ってきてすぐに花瓶を持ち出した時は、ただ単に思いつきだとか気が向いただとか、自分本位な行動と思っていた。しかし彼女なりに自分を気遣ってくれていたらしい。
 一人行動というのも愈史郎たちと出会う前までは日常であった。別段人肌恋しいといったことはないのだが、その率直な気持ちは嬉しいものだ。自然と頬が緩む。
「ど、どうですか」
「ええ、伝わりましたよ。ありがとうございます」言いつつ、ナマエの頬に滑る雨水を拭ってやる。「気を遣わせていたようですね。ナマエの部屋にも置けるように花瓶を今度買いましょうか」
「そんな、いいえ」
 ナマエは雨の雫が落ちない程度に頭を振った。
「私はその、珠世さまの幸せそうな顔ばせがご馳走ですので」
「まあ、お上手ね」
 照れ臭そうに頬を隠して、ナマエの視線は花に移った。
 その横顔を観察していると、眉尻が下がり、表情が目に見えて曇り始めた。まっすぐな線を引く口の端が妙に震えていて、緊張しているようだった。
「どうかしましたか?」
「あの、叔父様はこういうのに、興味はないのでしょうか」
 意外な人物−ではないが、思いがけない場面でその名前を聞いて珠世は驚いた。
「愈史郎ですか」
 逡巡するように顎に手をあてた。
「こういった類のものはあまり関心がないと思います」
「そう……ですよね」
「愈史郎と、何かありましたか?」
「ええと、何かあったわけではないのですけれど」
 不和を疑ったせいか思わず探るような口調になっていた。ナマエは横目で珠世を一瞥して、力なく頭を振る。
「もう少し仲良くしたいなって思っていて、色々探っているのですが、難航してまして……」
 「歌も、花も、興味ないようです…」としりすぼみになっていく言葉とともに、気まずそうに腰元に下ろした手をすり合わせた。垂れた卯の花の花弁から雨の粒が落ち、床板に点々とした沁みを作っていく。
 −ああ、そうですよね。
 珠世は初めから、二人の関係を密かに案じていた。

 ナマエと愈史郎。お互いの第一印象は最悪だったと言ってもいいだろう。


 少女は鬼と成った。それは彼女の悲鳴という形で珠世たちに伝わった。まさか上手くいくとは思わず、珠世は愈史郎と顔を見合わせて瞬きを数回した。なぜか愈史郎の方は忌々しそうな表情を浮かべていたが、珠世は気にせず少女の体を検分していく。
 鋭さをわずかに増した爪と歯。制服を捲り上げて確認してみれば、轢死したはずの少女のか細い四肢はかすり傷すらもない。
 しかし少女は幼児のように「いたいよお、死んじゃう、死んじゃう……」と、ぼろぼろと大粒の涙で頬を濡らして訴えた。もう痛みはないはずなのだが、直前の事故での負傷が頭の中から抜けきらないのだろう。
「どこが痛いですか」
 珠世が冷静に尋ねても、答えはない。代わりに泣く声が返ってくる。
 汗と涙で額や口の端に張り付いた髪を避けてやりつつ、撫でてやれば裾を握り込まれる。割烹着越しに珠世の着物に皺が刻まれるのもお構いなしだ。
 部屋に轟かせた悲鳴はやがてすんすんと、抑えるような声にしぼんでいく。今度は言葉にならない声で唸りだした。
 止みそうにない、尾を引きそうなその調子があまりにも不憫だった。
 鬼は眠らないが、自分の術で一時的に同じ状態にしてやれる。珠世はそう思い、指先で腕を引っ掻こうとした。その寸前に視界の端で素早く彼が動いた。
「おい女!」
「ひッ」
 愈史郎が勢いよく彼女の襟元を掴み、引っ張り上げるように上体を起こした。少女の縮こまった喉が辛うじて悲鳴をあげた。
「鬼は傷がついてもすぐに治る!それなのに泣き喚いて!」
「愈史郎!」
 諌めるように珠世は呼んだが、愈史郎は「珠世さまのお手を煩わせるから!」と清々しく言い放つ。
「とりあえず、その子を下ろしなさい」
「はい!珠世さま」
「次に乱暴に扱ったら許しませんよ」
「はい!」
 言いつつ、少女を布団に丁寧に振り落とす。再び咎めても「寝かしただけです」とこれまた悪びれもなく返され、内心頭を抱えたくなった。
 乱暴な治療にすっかりと目が冴えたのか、少女の方は布団に座り込んだまま、珠世たちを見上げた。その瞳には理性的な光を宿していた。
「あ、あの……」
「起きましたか」
「はい、ええと」
 言うべき言葉を探っているのだろう。布団から出て、珠世たちと相対するように姿勢正しく座した。きっと、本来の彼女なのだろう。
「私は、生きながらえたのでしょうか」
「ええ。ここは極楽でも地獄でもありません」
「貴方がたのお力で」
 礼の言葉を口にしつつ、低頭した。珠世たちを見据えたまま、目の下にしわを作った。
「私は、家に、帰れますか」
「それは……」
「できない」
 すっぱりと少女の言葉を斬ったのは愈史郎である。彼は眉根を寄せる顔には不本意という文字がみえるようだ。
「『鬼となっても生きたい』と最終的に決めたのはお前だ。人間の道から逸れたんだ。今更戻れるわけがないだろう」
 言うと、愈史郎は少女に冷ややかな視線を送った。少女の戸惑った眼差しは珠世に向けられた。
「……愈史郎の、彼のいう通りです」
 淀みなく言葉を連ねつつ、胸の内は針でちくりと刺されたように痛んだ。死にに行く人間に、「生き永らえたいか」と甘言を弄したという罪悪感が珠世を蔑んだ。
 この少女の場合、本当に急を要したのだ。
「帰っても、きっと貴方一人では生きられません。陽光のない世界でしか生きられず、血を糧とする鬼の居場所は無い。それに辿る道も苦しく、辛いものです」
 本来ならこの言葉は、鬼にする前に言うべきだったのだ。愈史郎は「お前が此処に居たくないなら別に構わない」と鼻を鳴らした。
「女、お前が本当に家に帰りたいというのなら俺はそれでもいい。というか出て行け!」
「愈史郎……?」
「言葉の綾です」
 どこにも綾が掛かっていないのでは、と言いたくなったが、珠世は意識を少女に向ける。
「そういうことで、申し訳ないのですが、」
 珠世が続けようとしたところで少女が制した。
「聞いてみたかっただけなんです。すこし、期待しちゃったから。ですけど、珠世……さんたちと過ごす日々も楽しそうです」
 よろしくお願いします、と手のひらをつけ深いお辞儀をした。「あ」と珠世はふと思い出したかのように言った。
「ところで、貴方の名前を聞いてもよろしいですか」
「あ、名乗るのが遅れて申し訳ありません。私は、」


「おい、ナマエ」
 珠世の言葉を遮るように、愈史郎が後ろから声がかかる。
「はい、叔父様−わっ!?」
 白い影が勢いよく目の端に横切る。ナマエのくぐもった悲鳴が響いた。愈史郎は珠世に後頭部を見せながら、ナマエと珠世の間を裂くように足を入れた。
「そんな格好で人前によく出れたな。きちんと拭け」
「か、髪が乱れます!ちょっと」
 手ぬぐいで力強くナマエの髪を拭っていけばナマエはたまらず文句を連ねる。
 応酬を聞きつつ、珠世は苦笑する。第一印象は確かに、悪かっただろうが幸いなことにナマエは愈史郎を嫌うという選択は取らなかった。むしろ理解しようとする姿勢を取っている。対する愈史郎は、ナマエを突き返すかのような態度を見せている。
 なんとか、自分の介入無しで仲良くして欲しいものだが。
「五月蝿い。風邪を引いて、珠世様にうつされても困る」
 え、と珠世は目を丸くさせたが口を閉ざす。
「あ、ありがとうございます。患者さまにうつる可能性の心配をした方がいいと思います」
「それと、距離が近い。珠世さまと、お前が」
 ナマエの指摘を無視して、苛立ちが滲んだ声で「気にくわない」と全く恣意的なことをナマエに言う。しかし当のナマエは目を丸くさせつつ、柔らかな笑みをたたえた。
「いけませんか?」
 ナマエはわざとらしく珠世の裾を引いた。爪先で衣服を引っ掛けないように、と配慮しているかのような手先だった。
「くっつくな!」噛みつくように愈史郎が怒鳴る。「珠世様はお前の物ではないのだぞ」
「叔父様の物でもありません!まあ、私は珠世さまのものですけど」
「それは俺にも言えることだ!俺の方が先に珠世さまのお側に居た」
「まあ叔父様。ずいぶん変わった考えをお持ちでいらっしゃるのね。人の仲に年月は関係ありません」
 それに、と調子づいたナマエは胸を突き出す。
「精神面から言えば、女の私の方が支えになりやすいかと」
「なんだと、」
「二人とも」
 白熱しそうな応酬を、ぱんぱんと乾いた音が遮る。珠世が両手を打った音だった。二人の諍いは止まり、視線は自然と音の発生源−珠世に注がれる。
 一方は不意に応酬が止められて、呆気にとられているようだったが、もう一方は既に思考は珠世のことでいっぱいだった。
「ナマエ、すぐに着替えていらっしゃい」
「あ、はい!珠世さま」
「愈史郎は私の手伝いをお願いしますね」
「はい!」
 素直な反応は二人とも同じである。ナマエが部屋に引っ込んだところを見計らい、珠世は追随する愈史郎の方へ振り返った。
「愈史郎」
「はい!珠世さま」
「ナマエのこと、好いているのですね。何か進展がありましたか」
「は?」
 愈史郎の顔が青ざめていく。舌の根が乾かぬうちに「勘違いしないでください!」と愈史郎はまくしたてた。
「アレとは何もありません!何も!」
 やはり見た目が悪いか?珠世さまに見合うように背丈をいじった方が……と見当違いな独り言を呟き出す愈史郎に、珠世は髪型が崩れぬ程度に頭を振る。
「貴方、知っているでしょう。鬼は怪我もしないし、病にもかからないということ。それなのに、風邪をひくからって手ぬぐいを渡していましたよね」
 愈史郎が、ナマエに最初に投げた言葉を思い出しつつ、つい指摘してしまう。
「それは……」
 途端に愈史郎の歯切れが悪くなった。
 気がつけば、「女」ではなく「ナマエ」と名前で呼び始めて、気がつけば無意識のうちにこの愈史郎という子は、ナマエの心配をしていたのだ。
 珠世は密かに安堵し、そして自然と口元には笑みを作っていた。

  

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