ユリサは一人、城の回廊を走っていた。
走りすぎて、肺が痛い。この痛みこそが、ユリサはこれが現実であることを実感できた。
本当に、私一人で向かってしまった。
テヴィー率いる親衛隊らを自分自身で分断し、魔王現象アバドンの元へと。
彼女達には、きっと怒られてしまうだろうな。
それはわかっていたが、巻き込むのは嫌だった。それに、ユリサは自分の価値を示さなければならない。
四つ足の異形が立ち向かってきたため、ユリサは慌てて雷杖を構える。起動すれば乾いた音と共に、異形は一条の雷に貫かれる。次いで、沈黙。
「よ、よし!」
ユリサを次々と襲う異形たちは数が少なく、損傷が多いため、なんとか一人で対応できた。恐ろしい。恐ろしいが、ユリサは自分が確かに高揚しているのを感じていた。戦えている自分の姿が、誇らしかった。
そこかしこに物騒な焼け跡があるのは先陣をきった彼ーーザイロ・フォルバーツが戦った後なのだろう。見覚えのない美しい剣が立ち並んでいるのも《女神》テオリッタの存在を感じる。
ユリサは歯噛みする。
一時期は雷杖も、剣も、戦術さえもままならない自分が、この世界中の運命を一人で背負わなければならないような重責に耐えかねた。しかし、覚悟が決まった今、ユリサの足を止めるものはなにもない。
自分も二人のように、ならなくてはいけない。魔王現象を打ち倒し、人類の勝利への道を切り開く。それが聖女なのだ。役割を果たさなければ。
英雄として拍手喝采を受ける聖女の絵を思い出す。もしかすれば、この戦いも絵に残されるのかもしれない。
描くのならば、ナマエに描いてほしい。ナマエがユリサと向き合ってくれた記録にもなるからだ。
なにかしらの誤解を受けている今、やってはくれないだろうか。早くその問題も解決しなくてはいけない。
優しいナマエ。私の下手くそな笑顔も好きになってくれたナマエ。同じ存在だと求めてくれたナマエ。
ーーきっと、ナマエにでさえ見放されてしまえば、私は自分のことを誰からも求められない人間だと思ってしまう。それは嫌だ。
結局のところ、彼女が気になってしまうのはこれが大きいのかもしれなかった。