第二王都奪還作戦から正式に聖女として作戦に参加する。
 テヴィーから告げられた際に、ユリサはまず、足がすくんでしまった。もう逃げられない。聖女として、活躍しなければならない。できるのだろうか、自分に?
 そうした恐怖が先んじてユリサを苛んだ。
 テヴィーと話していたって、気が落ち着かない。トゥジン・バハーク臨時要塞で兵士たちを顔合わせ後、本格的に計画が始動する雰囲気となった。

 張り詰めた空気に耐えきれず、思わず逃げてきてしまった。臨時要塞よりも遠くにあった仮設小屋。必要物資が詰まった木箱が所狭しとならんでいる。
 第二王都に入る前に、一度兵士たちの前で激励の演説をしてほしいと頼まれている。つまり、ユリサは自分の作戦のために彼らと死んでくれと頼む。そして、ユリサのために死ぬことが本望だと思ってもらうぐらいの迫力を出さなくてはいけない。

「ああ、でもーー」

 無理だ。自分の命令一つで、戦場に走る彼らを想像してしまい、ユリサは頭痛すら感じた。ユリサは以前から護衛以外にもさまざまな兵士とやりとりをした。みんな、ユリサこそ世界を救ってくれると期待に満ちた顔だった。きらきらしていた。彼らも死んでしまうかもしれない。
 聖女としての役割を全うしたいのに、どうしてもそれが懸念となってしまう。

 ユリサが葛藤している最中、奇妙な二人組がこの逃げた先に来た。追手かと思ったが、そうではないらしい。
 白い軍服を着た恰幅のいい男、それと麦のような金髪をもつ男。王様を自称する白い軍服の男は、責任は全て自分があると言い出すし、金髪の男は、話がとびとびでよくわからない。何故か彼の兄の話をされている…?
 疑問符まみれのユリサを置いて、彼はまた話を続けた。

「こんなところで会えるならナマエちゃんもいれば良かったのに」
「民草はザイロ総帥と重要な仕事がある。それに聖女と会うのは遠慮していたではないか」
「遠慮っていうかちょっと嫌がってませんでした?」

 ナマエと聞いて、ユリサは身を乗り出した。

「ま、待ってください。ナマエって、ナマエ・クーアバレスですか?」

 金髪の男は意外そうな顔をした。

「そうっすよ。なんだ知り合いだったんです?ああ、それともナマエちゃんの絵のファン?たまにいるんですよね」
「友達です。その、ナマエは私と会いたくないと言ったんですか?」
「それは確かですよ。オレの記憶力は完璧なんで、一言一句言ってもいいですよ。『ユリサさんのことを見たくないんです』。はっきりと言ってましたよ」
「嘘」

 どうして。ユリサさん、と言っているので、多分記憶は残っている。何かしてしまっただろうか。
 もしかすれば、何かの間違いだろうか?
 何も心当たりはない。あるとすれば、手術後に絵を届けてもらった時ぐらい。あれ以来、ナマエとはほとんど疎遠になっている。
 ユリサも忙しかったし、ナマエは刑務で王都には寄るはずもなかった。ただ、あの時話している分にはナマエの態度は普通だった。しかし、自信がない。

「聖女」

 陛下なる人物が、ユリサに拝礼した。そうした上品な仕草が意外なほど様になっている。

「此奴が言ったことで、どうか気を悪くしないでほしい。民草は…ナマエはきっと貴女に会うのが恐れ多いと感じているのだ。あれは、少し手に余るほどの天真爛漫さがあるが…」穏やかな青い瞳がユリサを映す。「その反面、頼もしいほどの恐れ知らず。何度かの戦場を越えて、人を救うことを誉としている高潔さを有している。これから民をたくさん救う貴女を、どうして憎いと思おうか」

 ユリサはナマエのことを思い出す。陛下の言うような、彼女が戦場に出ている姿はぴんとこなかった。
 だけど、少し手に余るほどの天真爛漫さならば心当たりがある。
 ユリサと出会った時からそうだ。ユリサのために彼女は、よく言えば天真爛漫に、悪く言えば、後先考えずに尽くしてくれた。ユリサが手術する前の日なんかはテヴィーたちを欺こうとしていた。

「ああ!そういえば!」

 金髪の彼が急に大きな声を出す。ユリサと陛下…は同時に注目した。

「ナマエちゃんが描いてた赤髪の女の子!もしかしてユリサちゃんだったんですか?よく見たらそっくり!」
「ツァーヴ。どの絵の話だ?あやつの絵はたくさんある」
「あれですよ陛下。ドッタさんが一度盗んでた、大量の紙に描かれた赤髪の女の子!盗んだ本人は泡吹いて倒れちゃったりでちょっとした事件でしたよね」
「あぁ。民草が見えないと思っていたが、まさか聖女殿の絵とは。立派な仕事をしたな。帰って褒章を授けなければ」
「私の絵?」
「ユリサちゃんの絵ですよ!たくさんありましたね」

 確かに、ナマエは毎回なにかしらの図案を持ってきていた。その場で描くことももちろんあるのだが、アイデア出しは常にしているのだと答えていた。

「たくさんの私の絵……」

 やっぱり何かの勘違いだ。あのナマエがユリサは拒絶するはずがない。
 今度は確信を持って、そう思えた。嫌いな人間に、あそこまで親切にしてくれるはずはない。嫌いな人間を、たくさん描くはずはない。
 ユリサは、ナマエが自室で絵を描いている様子を想像する。寝台で、たくさんの絵に囲まれるナマエ。まるで、本に囲まれていた昔の自分を彷彿とさせた。ユリサがお気に入りの聖女の絵本を擦り切れるまで読んだように、ナマエだってユリサのことを好んで描いてくれたはずだ。

「ナマエちゃんと喧嘩でもしたんですか?」
「それは、わかりませんけど…」
「まぁ、一度蘇生しちゃえば記憶ぶっ飛ぶんで仲直りしやすいと思いますよ」
 
 さらさらと流れる水のようにツァーヴという男はとんでもないことを言う。ユリサは曖昧に笑った。
 ただ心の中ではすでに意思が強く固められていた。ーーその前に絶対にナマエと会って真相を確かめる。


  

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