「この戦況でどう対応するのが正解だ?」

 士官学校の某教室。背筋をまっすぐにした教官が、黒板でなにか書き付けては他の生徒を指し質問をしていた。
 どうやら間違えたらしい。大きな声で叱られており、ユリサは震える指先を撫でた。何故か自分も怒られた気分になる。ユリサも答えがわからなかった。
 実際に兵士達の様子を見てみましょうーーというのが、サベッテ・フィズバラーの提案だった。すでに授業の担当者には話がついてるらしく、ユリサは当てられることはない。たまに視線を送られるが、露骨に逸らされる。
 安堵を覚えながらも、落ち着かない心地になる。ここの熱気はちょっと異常である。
 サベッテなら、士気が高いのは良いことだと言いそうだ。あの嗜虐的な目が愉快そうに細まるのが想像できる。
 ユリサは軍帽を指で触れて、縁を一周する。髪が溢れていないかの確認だ。もう何度目かわからないが、赤髪は目立ってしまうと教えられたので、気になってしまう。

「あの」
「! は、はい」

 隣の兵士に声をかけられた。ユリサは、思わず振り向いてしまう。何故か、彼の口角は上がっていた。

「もしかして……聖女様ですか?」
「えっ」

 輝く瞳。期待が隠しきれていない。どう答えたものか、考えているうちに、彼は続ける。

「ああ、やっぱりそうですよね?右腕と右目の手術痕!噂通りだ」

 ユリサは己の右目の眼帯に触れてしまう。もはやそれが答えとなってしまう。彼の発言により、ユリサ一人では抑えられないほどの興奮が教室中に広がった。

 ユリサは迎えに来たサベッテの手によりようやく解放された。帰り道である兵舎の廊下がやたらと長く感じる。

「いかがでしたか?聖女ユリサ」

 サベッテ・フィズバラー。聖女としての振る舞いを叩き込んでくれた聖騎士だった。元々は武装神官らしく、なるほど、同じ役職であるテヴィーと似たような雰囲気を持つ。つまり、発言の節々にどこか圧力があり言い返しにくい。

「その……はい。緊張しました」

 ひっきりなしにいろんな質問をされて、ひっきりなしに腕や瞳を見られた。最後には教官の軍人に署名まで求められる始末だ。座学を受けていたはずなのに、終わる頃には武技の訓練を受けていたとき並に疲弊していた。
 聖女への羨望ゆえの行動なのはわかっている。ユリサとしても、悪い気分ではないが、疲れる。

「皆さん、私に随分と……期待しています」
「当然です。貴方は人の身でありながら、《女神》の奇跡を扱う存在です」

 サベッテは、ユリサの右腕に視線を投げた。まるで昼食のネズミを探す猫のような優雅さだ。

「城砦の《女神》セネルヴァの威光もあるでしょうね。彼女の活躍は素晴らしかった」サベッテは肩を揺らした。「私の知り合いなんて少なくとも、元第五聖騎士団団長フォルバーツと《女神》セネルヴァはもしかすれば、世界を救ってしまいそうな勢いなんて言っていましたもの」

 《女神》セネルヴァ。そして、その契約者であるザイロ・フォルバーツ。ユリサが他の兵士からたびたびその名前は聞いたことがあった。ザイロの方は女神殺しの悪名を知っていた。最悪の罪人であると司祭から聞かされたことがある。
 しかし、今では多数の魔王現象を撃破しているため、《雷鳴の鷹》という二つ名を戴かれていた。罪人になっても尚、彼は再び英雄となっていたのだ。
 ーー羨ましい。

「サベッテさん……は、《女神》と契約しているんですよね」
「はい。バフロークにご興味が?」
「いえ!そういう訳ではありませんが……。実際、もしも《女神》が一人きりで戦うとすれば、どうなるんですか?」

 サベッテは《女神》バフロークに仕えている。気象を操るといった魔法みたいな力を有していた。
 ユリサにはいわゆる契約相手がいない。一人で祝福を行使し、戦わなくてはいけない。実際に《女神》が単騎で戦えばどうなるのか、気になった。

「そうですね。契約者不在状態の、《女神》のみでの運用。考えたこともありませんでしたが……、魔王現象なんて一体も倒せないと推測いたしますわ」

 ユリサは右目を歪めた。体表を火の粉がかかったような熱さが撫でる。

「彼らの奉仕精神は凄まじい。きっと自壊するまで力を使ってしまうでしょう」

 自壊する。その感覚はユリサにもわかった。神官達の前でためしに力を行使した際に、自分の中で何かが摩耗している気がしたのだ。体力だけではなく、精神、いろんなもの。

「それに、ろくな戦術も組むことはできない。彼らの精神構造上人を害することが、不可能なんです。聖女ユリサに質問しましょう。《女神》が自分の召喚物で人を殺してしまったら、どうなると思いますか?」
「それは…、ショックを受ける?」
「そうです。実際に、精神的な負荷により数ヶ月運用ができなくなりました。戦術だっていわば、自分の手腕で人間の犠牲を出した上で勝利を掴ませるのです。なので、《女神》は一柱では戦えない。聖騎士と契約した上で、その祝福を存分に活用できる。ーー貴方は違います。そうでしょう?」

 サベッテはスカートを翻して、ユリサに向き合った。兵舎でなければ、ここが彼女のダンスの舞台だと錯覚してしまいそうになる。

「だから、ね。たくさん学びましょう聖女様?少なくとも、あの教室の兵士たちを無意味に殺さないように」

 軽やかに告げられた言葉が、ユリサには重くのしかかった。

  

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