懲罰勇者について改めて教えてもらった。
勇者刑に処された者をそう呼ぶ。なら勇者刑とは?
犯罪者の中でも最悪な部類と言っても差し支えない。ユリサは間違いなくそう思う。彼らには刑期もなく、生涯前線に立たされ続けることを定められているのだ。
ユリサはこの知識を与えてくれた教師ーーテヴィーにため息まじりにつぶやいた。
「テヴィーさん、酷いです」
稀代の犯罪者と、ユリサは前触れもなく二人きりにさせられたのだ。ユリサの嘆きは当然のものだろう。
「懲罰勇者のことは黙っていてすみません。ですが、枷の聖印もあります、それに」テヴィーは眉を寄せた。「私はあなたがたは気が合うと思ってるんです」
今の言葉は本当にテヴィーの口から出たのだろうか。ユリサは呆気に取られてしまう。仮にも犯罪者とは反対側にいる立場なのに、何故肯定するのだろう。
ユリサはクーと初めて会った時を思い出す。ユリサと話して楽しそうだった表情が最初に浮かんだが、次にそれは別れ際の申し訳なさそうな顔になる。
しかし、彼女は犯罪者だという。
「あんな顔して、物を盗んだり、人を騙したり、殺したことがあるの」
「調べればすぐに分かりますが、そうですね……。」
テヴィーは紙を引き寄せると、歪みのない神経質な文字列で記載していく。
詐欺、内乱、いくらかの罪状が並ぶ。彼女の罪、だというのか。ユリサが目でなぞるのに必死なうちに、一際大きく書いた字面を、テヴィーは指差した。
「勇者刑の決定打となったのは、この女神殺し教唆でしょうね。裁判でも波紋を呼びました。彼女は描いた絵をもって、《女神》は死ぬことを国中に広めて、混乱を起こした」
テヴィーの声が上がり調子になる。いつになく高揚している様子だった。ユリサは反対に気落ちしていく。こんなにたくさんの罪を彼女が犯していることを受け入れずにいた。
「でも彼女は私と気が合うって?」
「はい。間違いなく。私は少なくとも、彼女の絵を気に入っています」
翌日、ユリサはまたあの応接間の前にいた。
絵の腕は少なくとも確かだし、枷の聖印で身の危険はないし、そう、なんたって聖女となる自分のためでもある。たくさんの理由を鎧にして、ユリサは立っていた。
「キダフレニーさん!きてくれたんですね!あっと」
ナマエはユリサに駆け寄ろうとして、止まった。不自然な形だった。思わず転けかけていた。ユリサも咄嗟に受け止めようとして上体が妙な傾きを維持してしまう。
「ごめんなさい。その、前回は役職も名乗らずに、失礼しました!私は懲罰勇者9004隊のナマエ・クーアバレス。どうかまた、貴方を描かせていただけますか?」
「も、もちろん」
「ありがとうございます。ではまた、そちらにおかけください」
前回通りにナマエは向かいの席にうながした。ユリサは着席しようとして、佇んでしまう。
高級そうな椅子こそそのままだったが、こう、色々と物が増えていた。足元には毛並みがつややかな猫や熊のぬいぐるみ。テーブルにはささやかな花が飾ってあり、精巧なガラス皿に果物が乗っていた。傍には猫が表紙のお菓子の缶。
「気に入っていただけましたか?その、前回は、いろいろと落ち着かないご様子でしたので、用意してみました。気になってましたよね、そのお菓子」
確かにユリサが可愛いと言っていた、猫のパッケージが有名なお菓子だ。思えば、足元のぬいぐるみも意図して猫で揃えたのかもしれない。
あんな、少ない会話の内容を覚えてくれていたのか。
ナマエの瞳には遠い星のように優しい光が宿っているように思えた。しかし、その首には枷の聖印が刻まれている。なんて、不釣り合いなのだろう。
テヴィーから聞いた彼女の罪を、忘れそうになりそうだ。
「その、ごめんなさい。あなたの罪状を聞いたの」
ユリサは思わず口にしてしまう。ナマエは本当は想像さえできないほどの悪人なのかもしれない。
けれど、優しさに触れた以上、拒絶してしまった時の罪悪感に耐えきれなかった。もうこれ以上は抱えきれない。
ナマエがまた、眉をハの字にして、困った顔になった。
「私の罪状を……。どうして謝るんですか? 気になるのは、当然のことですよ。私は、間違いなく犯罪者ですからね!だから、その、どうして、そんなに悲しそうな顔に……」
ナマエがユリサに駆け寄ってきた。覗き込んできた顔に、ユリサはまた怯んだ。
「私のことを、もしかして、気にして、くれているとか…?」
「そうかもしれない。貴方は犯罪者にしては優しいから……」
素直に言ってしまった。ユリサにこの場で否定する話術などない。
「キダフレニーさん、貴方はとっても優しいんですね」
ナマエが手を握ってくる。大した力ではない。しかし、本人は全力のつもりなのだろう。もしもこの指が蝋燭だったら、すぐにどろどろに溶けそうになるぐらい熱い。
「それなら、私と仲良くしてください。ほんのちょっとでも、たくさんお話してください。それで私は良いんです」
「そ、それだけでいいの?」
犯罪者に何を言ってるんだろう。ユリサは訳がわからなくなった。もともと、人に冷たくするのだって慣れてないのはわかっていたが、どうして迎合しようとしているのか。
「あんなにすごい軍人さんがたくさんいる中で、キダフレニーさんをみるとホッとするんです。同い年で、同じ性別の人、あんまり周りにいないから…。だから、嬉しいんです」
ーー特にキダフレニーさんとは。
記憶から薄れていたが、彼女の発言で疑問に思っていたことだった。ユリサに親しみを持っていたという理由。それは、きっと自分も同じかもしれない。
「私も、そう思っています。此処にきてから圧倒されっぱなしだったので」
ユリサは俯いたまま発した。ユリサは現在、様々な知らない世界に圧倒されている。軍事のこと、神話のこと、聖女として必要な振る舞い。
ナマエも戦場に圧倒されているのだ。同じ雰囲気の存在で心が落ち着いてしまうのも、無理はないのだと思う。
「ユリサ、と呼んでください」
これは、良いことなのだろうか。きっと、聖女としてはよくない。だが、私(ユリサ)は、良いと思っている。
たとえ彼女が悪いことをしたって、すくなくとも私(ユリサ)だって悪いことをしている。聖痕をろくに制御できず、村のみんなをほとんど見殺しにした。
彼女だって、今は聖女を求めていない。私を求めている。なら、今この瞬間は対等だ。
ナマエは目を白黒させながら、ユリサの顔を伺った。本当に?と聞いているようでもあった。
「よろしく、お願いします。ユリサさん。私のことも、名前で呼んでください」
ナマエは、珍しく気恥ずかしそうに、頬を赤らめて微笑んだ。