「第一王都へようこそ。ユリサ・キダフレニー」

 軍服を着込んだお姉さんが、馬車を覗き込んだ。テヴィーと名乗る彼女は、鋭い目つきを少し緩めた。

「これから軽い身体検査を受けていただきます。とりあえずこの服に着替えてください」

 テヴィーさんが差し出した白い服を私は慌てて受け取る。テヴィーさんは恭しく、音を立てないように扉を閉めた。

 第一王都まで、来てしまったのか。私はいまだに信じられなかった。
 ただ、テヴィーさんを待たせるわけにはいかない。私は服を広げてみると、「わぁ」と歓声を上げてしまった。
 服は白い軍服だった。私を救ってくれた聖騎士様の鎧と、同じ白さだ。
 すごい。かっこいい。
 素直な感嘆とともに、肺の底が重たくなっていく感覚もある。
 この精錬な白さには一種の圧力があった。聖女となる運命から逃げてはいけない、といった暴力的なまでの使命感にとりつかれそうになる。

「お、お待たせ、いたしました!テヴィーさん」
「お早いですね。……それと、ユリサ」
「はい」

 テヴィーさんの嗜めるような口調はまるで司祭様のようだ。思わず背筋が伸びてしまう。

「私のことはテヴィーと。もしかすれば交代するかもしれませんが、いずれにしても、あなたに仕える者です。相応の対応をお願いいたします」
「わ、わかりました!」
「…話し方はまた落ち着いた頃にお教えいたします」
「う」

 聖女として相応の態度ならば、周りを仕える者として扱い、呼び捨てにする必要がある。つまり、敬語もダメなのだろうか。
 そんなこと考えられない。想像だにしなかった。
 目の前を歩くテヴィーさんはきびきびとして軍人さんらしい人だ。小さな村でゆったりと暮らしてきた私よりも、ずっとすごいことができるに違いない。
 そんな人、もしくは人たちをこれから傲慢にも従者と扱うだなんて。
 周りを見てみると、テヴィーさんと同様に石畳を堂々とした態度で軍人さんたちが歩いている。

「ユリサ、こちらですよ」
「は、はい」

 テヴィーさんが突き当たりにある部屋から上半身をひょいと出し、手招きしていた。
 慌てて、駆け寄った。

「わっ…!」

 私はまた驚いてしまう。中はなんというか、真っ白な空間だった。たくさん並んでいる真っ白なベッド、真っ白な床、天井、棚。白衣を着た人たちも、何人か居た。
 みんな私に視線を注いでいる気がして、思わず俯いてしまった。しかし、嫌な気分ではない。視線に込められれているのは、嫌悪とかではなく、好奇心とかいい方向のものな気がする。

「ご機嫌よう」

 白い、布の塊?が、私に親しげに声をかけて、私の足元に近寄ってきた。
 私は慌てて、テヴィーのいるほうへ後ずさった。

「ひゃ、ぁ」
「結構なご挨拶ね。あんた、《女神》をみるのは初めてかしら。そりゃあそうなるかな」

 聞き間違えではなかった。少女の声が、布の中から聞こえる。よくよく見ていけば、布は人の形をしていた。中に誰かいるのかもしれない。
 あれ、今聞き逃せないことを言っていたような?

「《女神》アンダウィラ」テヴィーさんが一礼した。「こちらはユリサ・キダフレニー」

 やはり、聞き間違いではなかった。彼女こそが魔王現象を屠る存在とも謳われる、伝説の生命兵器《女神》の一柱らしい。
 私は、テヴィーさんの真似をして頭を下げた。

「よろしく。ユリサ。あらまあ、頬がこけているわ。身長と体重を比べるまでもないぐらい、十分な栄養が取れていない証。血色も悪い。これは血液も検査する必要があるわね」《女神》が言うや否や、後ろで立っていた白衣の人たちが動き出す。「あんた、立ったまま辛い時はないかしら?」
「な、ないです…!」

 ここまで一気に話しかけられることはそうそうない。動揺してしまう。
 布の塊から突起がーーおそらく布に隠れた手?らしきものを伸ばす。すると、背後で忙しなく動いていた人たちの一人が、速やかに羽ペンと何かを書かれた紙を《女神》に渡した。

「普段の食生活から聞いていくわ。口頭で行うから私の騎士と本人以外は席を外して」
「では、私は外で待っています」

 テヴィーさんが素直に出て行こうとする。この空間にひとりにしないでほしい。引き留めたかったが、この《女神》アンダウィラの問診から逃れる術は私は知らなかった。

  ◆

「終わったわ。血を抜いたから半刻ほど横にさせておいて」
「《女神》アンダウィラ。ご高診いただきありがとうございます」
「テヴィーと言ったわね。あんた、これからユリサに仕えるの?」
「予定に狂いがなければ、僭越ながら私が彼女の護衛を務めることになるでしょう」
「そう。後でみんなにも共有する内容だけれど、報告するわ。彼女に手術の概要を説明したら、その後の血圧がずっと異常値なの」
「それは…、よくないことですか?」
「恒常的な症状ならね。でもこれは緊張からくるものと推測できる。手術に影響はない。けれど」
「けれど?」
「術後の心配がある。自分と自分ではないものを受け入れきれず、扱いきれないかもしれない。精神を病むとできることができないと思い込んでしまうこともあるの」
「それは…困りますね。かなり」
「一応安全性の説明も行なった。でも、やっぱり恐ろしいみたい。彼女と私が信頼関係を築けたら安心して任せてくれる可能性はある」
「お互いに厳しい話ですね」
「そう。残念ながら、その時間の余裕はない。私の祝福は完璧なのは疑いようもないのに……こればっかりは難しい。あんた、私の代わりに落ち着かせてあげて」
「具体的には?」
「そりゃあ、日差しをたくさん浴びせて、運動して、栄養があって美味しいご飯を食べさせて、よく寝かせる!」
「それは、もちろん。他には?」
「あとは友人を作るのもいい。あの子はだいぶ溜め込む性格のようだから」
「ええ……肝に銘じておきます」

  

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