ユリサは大きな馬車に乗せられていた。
停車したままだった。外から、たくさんの人の気配がする。ただ、様子を伺う気は起きない。ひどい有様なのは、わかり切っていた。
昨晩の出来事を思い出し、ユリサは己を抱きしめた。震えが止まらなかった。
魔王現象が、この村を通りがかったのだ。
なんて恐ろしい存在だと、ユリサはようやく身にしみた。
今までは司祭から話を聞くだけで、そこまで重要な存在ですらないとさえ思っていた。少なくとも、ユリサの生活に変わりはなかったから。
ユリサは村の中でも存在感のある神殿に立て籠っていたので、いち早く保護された。
いまだに耳に残る阿鼻叫喚に、ユリサはまた泣きそうになる。警告の鐘、角笛、もはや誰かすらわからない叫び。水音。
不意に、馬車が揺れる。
「お待たせいたしました」
「あっ、はい…」
ユリサを保護した聖騎士だった。つまり、女神に使える騎士団である。
「落ち着いて聞いてください…生き残っている人はいなかった。少なくとも、この村の敷地には」
「え?」
信じられず、思わず聞き返す。
ユリサの中で、両親や司祭、ちょっとは覚えた村のみんなの顔が浮かんでは消えていく。
「貴方の名前を聞いても?」
「ユリサ・キダフレニーです」
「そう。キダフレニー……、いや、ユリサさん。貴方は聖痕を持っていますね?」
どきり、とした。何故とも聞くまもなく、ユリサが生き残ったのは聖痕の奇跡によるものだからと聖騎士は語った。
ユリサは無意識に聖痕の力で木々により自分の立てこもる神殿を守らせていたのだと。
「…それじゃあ、私は、そんなことが、できるのなら」
みんなを守れたのではないか。みんなの、役に立てたのではないか。
外聞を気にせずに、この力を扱えるようにしておけば、命を救えたはずだ。
もう過ぎてしまったことを、ユリサは後悔する。そして、勇気のない自分に、失望した。
「村の皆さんのことは残念、でしたね」聖騎士は聖印を切った。しかし、抜け目ない視線をユリサに送る。「しかし、これから、貴方に世界の人々を救う機会があるといえば、どうしますか?」
ユリサは絶句した。まさか。
「詳しくはまた話しますが、貴方の《調和》の聖痕は、石木を思い通りに操る。ならば、《女神》の遺骸だってできる。ーーかの聖女のように、《女神》の祝福が扱えるようになれます。そして、私は、その機会を与えられる」
聖騎士が、ユリサに手を差し出した。
「ユリサ・キダフレニー。我々には貴方が必要だ」
許してほしい。
ユリサは、自分の唇が弧の字を描いていることを自覚し、そう願った。
許してほしい。助けられなくて、ごめんなさい。
聖女として必要とされている、この光景に、ユリサは少なくとも高揚していた。
罪悪感を背負いながら、ユリサはその手を取った。