ドッタはまぶたを開くのでさえ億劫なほどの凍てつきをおぼえて、意識だけを浮上させた。
 再び風が吹きつけ、遠慮のなく体表をくすぐられて身震いする。寝袋がわりに外套を体に巻つけた己がごろり、と揺れるさまは芋虫のようで少し惨めだ。

 ドッタは支給品が最低品質な勇者だったが、これでもできる限り防寒を施していた。
 靴には体があったまるスグリを仕込み、羊毛で編んだ脚衣を履いていたし、ちょうどよく入手した何かの毛皮を隙間のないように首に巻いている。
 冬の盛りで野営などどうかしている。檻の中よりも居心地が最悪だった。だって、向こうには壁も床もあるのに、この森にはひび割れた木立の群れしかない。
 矢の雨でも飛んでいるような激しいうなりをあげる風は、とうとうドッタの意識を完全に覚醒させてしまう。
 さいあくだ。任務の時間まで十分に体を休めておきたかったのに。
 ドッタはうっすらと目を開く。目の前には煌々と燃えていた焚き火がすっかりとなりを潜めており、その煤けた木の破片すら名残惜しい。ぽっと誰かが火を一つつけてくれればいいのに。
 重たい頭を上げれば、焚き火の向こうに小さな寝袋があった。もう一人の同行者、ナマエが寝ているに違いない。

「ねえ」

 頼めば火の用意をしてくれるかもしれない、とわずかな希望を持ち、ドッタは囁く。しかし、小さな塊はみじろぎひとつもしていない。
 ぐっすり寝こけているのか。野営の準備が潤沢でないのは、ナマエもドッタも小柄で非力であるのも要因の一つだというのに。
 改めて寝つこうと首を縮めても、難しい。全身が水に浸されたように重く、寒い。鳥肌が立った肌をさすっても、その指ですら血の気がひいていて全く意味がなかった。
 ドッタは緩慢な動作で立ち上がり、荷物を漁り始めた。いつもよりも指が動かしにくい。紐を解くのでさえ苛立ってきた。

「んぐ」

 傍でうめき声があがる。ナマエだ。ドッタの物音を感じとり、わずかに起き始めている兆しだった。

「起きた?」
「あ、ドッ、ア、さん?」

 薄い唇の端から泡が垂れる。やはり熟睡していたらしい。

「まだ、空、くらいですよぉ」
「寒いから起きたんだよ。ナマエって、気つけ用に酒持ってなかった?」
「今回は……」

 目を閉じたままナマエは首を振った。何か言葉を続けようと、赤らんだ頬をなんどか動かそうとしているが、聞こえない。
 ただナマエが酒を持ってきてないのは確かなのは伝わった。ドッタは眉を顰める。毛皮のついでに調達しておけばよかった。
 しかしナマエをよく見つめていると、ドッタにふと疑念が浮かんだ。こんな状況でどうしてそう熟睡できるのだろうか。
 ナマエは確か年齢でいえば成人したてと言っていたが、まだ子供のように体温が高いのかもしれない。
 ドッタは次に強い風に煽られた時に行動を起こした。

「ぅっ、うん……、つめたぁ」
「うわあったかい」
「うぅーーーん……、んん……ぐ」

 ナマエの寝袋を包むようにしながら、ドッタは無理やり体を入れ込んだ。ナマエは眠たげな口調で抵抗するが、ほとんどされるがままだった。
 少しくっついてみる、どうにも足元が体温以上にあったかいことに気づいた。何かが、ある?
 ドッタが足で表面を探ってみると、それはあったかく、つるりとしていた。

「ず、ずるい。きみ、こんなの持ってたの?陛下でしょ」

 軍票を画材で使い果たしてしまうナマエがわざわざ買うとは考えづらい。こうした便利な道具を作ることができて、ナマエに施す人物は一人しかいない。彼女を自分の国民とみなして、妙なお節介を焼いているノルガユに違いなかった。

「へいか、ですか……?」
「そうそう。僕これもらってないよ」
「実験中だから……」

 ドッタはその言葉を聞いて起き上がりかけたが、腕の力を緩めた。このあったかいものの温度が急に上がり、肌が溶けてしまわないか、という心配がよぎった。しかしまたあの寒さを味合わないといけないと考えると体が拒否してしまう。

「ドッタさん、つめたい…」
「悪かったね。だって、うっ?」

 また文句を連ねられても面倒だ。ドッタは言い返してやろうといきまいたが、口の返事は素っ頓狂なものとなる。ナマエが突然ドッタの腰に腕を巻き付けたからだ。
 肌から体温が移ってきて、なんとも気持ち悪い。さらにナマエの腹が密着してきた時には、あばらが当たった。

「ちょっと、それ、い、いたいよ」
「んーーー……」

 引き剥がそうとして手を肩にかけてみると、またそこも硬い。骨張りすぎだ。こんなの、骸骨にでも抱きしめられている気分になってくる。
 女というのはもう少し肉つきがよく、柔らかいもののはずなのに。

「もう、失敗したかな」

 温まった体でじわじわと復活してきた五感に、ドッタはやっぱり後悔する。長い移動のせいで汗のすっぱいにおいがするし、土臭い。それに油くさい。多分、画材の影響だろう。
 少しは気にして香油でもつければいいのにな。でもナマエには求めすぎたことだろう。怠惰なため、自分のことはなんにも気にしない。そのわりには、人のいうことをなんでも聞いてしまう都合のいい生き物。
 犬みたい。
 ドッタにいい思い出はそうないが、人に飼われている犬のようだった。
 どうでもいいことだ。眠気のせいで飛躍していく思考は、いつしかぬくもりの波にさらわれていった。

  

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