「ナマエ」

 ジェイスが発した。
 こいつはまたニーリィと痴話喧嘩をして、むっすりとした顔で、俺たちと同じ食事をしていたのだ。

「ニーリィの鞍の装飾を考えてくれないか?」

 他の勇者の視線が一斉にジェイスの赤褐色の髪に向かう。
 思えばこの一言が朝食の時間をにわかに騒がしくさせたのかもしれない。

「ダメです!」

 最初に立ち上がったのはテオリッタだった。

「そうだ。ナマエは我々との先約がある」

 援護したのはパトーシェである。なるほど、馬の世話のことがあるらしかった。
 ザイロからすれば迷うところだ。戦場の彗星であるニーリィの機嫌を取るのも、騎兵の要となる馬もどちらも大事なのである。

「すいません」

 ベネティムがひょろりとした手を胸元まで上げる。

「タツヤが今日修理場から帰ってくるので、ナマエがいてくれたら色々と助かります」
「助かるというか全部投げる気じゃねえか?」
「でも、馬なら二人で十分じゃありませんか?」

 思わず突っ込んだザイロに、ベネティムは力無く笑う。

「ならん」

 割って入ったのは陛下である。自分の言葉が全てであるような物言いは健在である。

「これまでの発言は全て取り下げよ」
「ですが陛下?タツヤ将軍は」
「人間ならば一人で十分だ。民草、美術館へ向かうぞ。戦いや労働以外の教養を深めるのだ」

 最もではあるが、先約の二人は不満げだ。

「ままま、待って待って」

 ドッタが陛下に食ってかかる。

「あの、ナマエがこの前兵士につるまれたの知らない?しばらく中でおとなしくしていた方がいいんだよね」
「不要な心配である。そのような不埒な者は余が説き伏せる」
「折れてたよ?頭おかしい奴もいるんだって。陛下、その前に動けないでしょ」

 それは初耳だ。詳しく聞かせろーー

「はいはーい!」

 横槍を入れてきた陽気な声はツァーヴだ。

「そう言うことならナマエちゃんはまず護身術覚えた方がいいッスね!ね?」

 と、ナマエに向かって片目を瞑ってみせる。

「お前教えるの下手だろ。てか組み打ちで相手殺したり重症負わせたことなかったか?」
「へへへ、大丈夫ですよ!加減します!」

 誇らしげに拳を掲げて見せるが、その拳で人体を何度も破壊するのをみてきたザイロとしてはイマイチ納得がいかない。

「同志ツァーヴが、適切ではないんだね?」

 ライノーが抑揚なく主張する。

「体を鍛える……というのが目的なら、僕と解体作業を手伝ってくれないかな、同志ナマエ。大きな獲物だからたくさん体を動かすよ」

 ライノーが極めて機械的に両目をつむる。微笑んでいる、つもりなのだろうか?

「待て」

 ザイロはため息をついた。話が転がりすぎて収拾がつかなくなっているこの場をどうにかしてやらなければ。

「そもそも先約はテオリッタたちだ。あー……、陛下の予定がないなら、優先するべきなのは二人じゃねえか?」
「そ、そうですよ!」

 ザイロを味方につけたテオリッタは金髪をさらに輝かせる。
 はて、そういえば。外出云々の話で、ザイロは思い出したことがある。
 今日はフレンシィが兵舎に来ると言っていたような。だから、外出の用意をしておけと、言われていたような……。
 フレンシィの冷めた眼差しが脳裏に浮かぶ。
 虫の居所が悪ければ、ザイロはなすすべもなく詰問をされる休日を送る羽目になるかもしれない。
 ……しかし、ナマエがいれば、なぜかそちらに構うこともあり、矛先がザイロに向けられないこともおおい。

「……なぁ、ナマエ」

 ザイロの言葉は、やはりこの場をもうひと騒がせすることになった。




「どうしたんですか?」

 ナマエの疑問に、タツヤは答えない。
 ただ、ナマエの手を引く体温だけは、あったかい。タツヤが帰ってきたのだと実感ができて、ナマエの胸の中まであったかくなる。

「もう痛いの、ないですか?」
「ぐぁぶ」
「そうですか」

 返事をくれた気がして、ナマエは口元を綻ばせた。

「じゃあ先にお風呂入ります?」
「ぐる……ぐゥるるる!」

 タツヤが片方の手で斧を宙で振るう。どうやら、力が有り余っているようだった。

「うーんと、体、動かしたいですか?」
「げっげっ」

 タツヤが喉を鳴らす。嬉しそうな時の様子だ。
 どうやら他の勇者たちは顔を突き合わせて「じゃーんけん!」と忙しそうなので、タツヤと色々とやってしまおうか?
 ナマエの仕事に付き合わせるのは少し、忍びない気もする。

「あっ」

 ナマエに手を引かれて、タツヤは立ち止まった。くりくりとした乾いた眼差しが、向けられる。
 頑張ってきたタツヤに、ナマエは言わなければならない一言がある。

「ぐ」
「えへへ、おかえりなさい、タツヤさん!」

  

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