ドッタが足を踏み出せば、ぱきり、と高い音が耳をつんざく。
 冷や汗が背中ににじむのを感じながらも、意を決して足元を見て、ドッタはやはり後悔する。どうやら、ちょうど細く乾いた枝を踏んでしまったことが判明した。
 低い声とともに、速やかに具足の音がこちらに向かってくる。今にも心臓が口から出てしまいそうなほど拍動していたが、ドッタの優秀な足は逃げるべく動き出した。
 なんて自分は間抜けなのだろう、なんでたまたま兵士が近くを通っているのだろう?
 ここは物資貯蔵テント。当然兵士なぞ周りに居る。しかし、ドッタは心の底から、世の全ての理不尽さを背負わされてるかのような嘆きをこぼした。



 一心不乱となったドッタが適当なテントに入った時に、目の前に小さなーーとはいっても、ドッタと同じ程度のーーの影を見た。

「ぅ、わぁっ!?」
「あれっ!ドッタさん!お久しぶりです」

 慌てて身をひくと、むしろその影ーー同じく懲罰勇者のナマエは、控えめな一歩でドッタに近寄ってくる。それも、黄金でも目の前にしたかのように顔を綻ばせて。
 ちょうど任務から帰還したらしく、髪伸びましたねだの休暇が久々に被りましたねだのと言葉を重ねてくる。ドッタはこんなに大変な目にあったのに、いい気なものだ。

「そんなに急ぐご用が?お手伝いしましょうか?」
「い、いや、いい、もう済んだことだから、うん……」

 視線をテントの外に投げると、人の気配はない。うまいこと撒いたようだった。

「って、ちょっと、何」

 ナマエが手に持っていた布巾でドッタの頬を擦ってきて、思わず手を抑える。ナマエはにっこりと微笑んで、えらそうに胸を張ってみせた。

「タツヤさんの湯浴みをしようかと思って、持ってきてたんですよ」
「いや、そうじゃなく……て」

 ドッタはぎくり、と身を縮ませる。自分の手の中にある、清潔そうな白い布巾を握るナマエの指をまじまじと見てしまった。
 来る前から失っていた指を無理やり縫合した痕があり、病的なほどに生白く、細い。先ほどドッタが踏んでしまった小枝のような脆さを覚えて、目が眩みそうになる。……だめだ。息が詰まりそうになる。
 ナマエは弱いし、脆い。ドッタはナマエのそうした面を目の当たりにするのが苦手だった。
 ーーだって、ドッタが彼女自身のことをどう思おうが、手助けしてあげなくては、と衝動的になってしまうのだ。

「これーー」この時だって、ドッタは自然と動く手が止められない。持っていた麻袋を、ナマエの腕の中に押しつける。「ーーこれも、持っていけば?」

 ナマエは「へ」と、目を見開く。ドッタが手を揺らして催促すれば、多少もたつきながらも麻袋を抱きかかえた。

「わ、悪いですよ。じゃあドッタさん半分こしましょうよ」
「いいの」
「いや、私、大丈夫です!」

 無駄な応酬をしているな、とドッタは目が遠くなる。本当に、無駄だ。
 タツヤが待ってるんじゃないの、と言えば、ナマエはおおげさにぎゅっと口閉ざして、眉を下げる。いよいよ観念したらしい。

「んん……、じゃあ、お返し、今度しますから!絶対!ありがとうございます!」

 そう言ってドッタの苦労は、その力のない間抜けな笑顔を持って返される。なんて割に合わないのだろうか。
 いや、また何かを押し付けられたたまったものではない。その言葉に首を振り、そそくさとその場を去ろうとまた優秀な足はすぐに動きーードッタは首を捻る。
 自分は随分と中身が重たい麻袋を持ってきたらしかった。

  

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -