「ナマエちゃん」

 ナマエは街中に巡らせていた視線を戻して、ツァーヴの麦色の髪を見上げた。

「ナマエちゃんって苦手な食べものってなかったスよね?」

 ナマエが首を振ると、ツァーヴは良い飯屋があるから行こう、と口の端を吊り上げた。
 その笑い方に、ナマエはなんだか得をした気分になる。その歯が一本分欠けた歯列は、非常に愛嬌があって気に入っていたのだ。ーーもっとも、そのことをドッタやザイロに話せば、彼らの眉間の皺を深める結果となったが。

「ツァーヴさんは苦手なものありますか?」
「おっ、それ聞いちゃう?オレ実はかの悪虐非道な教団の元にいたことによってーー」

 ツァーヴは舌に油をさされたように話を転がしていく。主に非道な実験の内容と、味覚がそれにより壊れたことだ。
 ツァーヴは、どんなことでも答えてくれる。明け透けにそんな事情まで聞いてしまっていいのかと尋ねたところ、むしろ経験を伝記にして売り捌く心算らしい。

「ツァーヴさんが美味しいって思うのがあればいいんですけどね」
「確かに!ナマエちゃんてば優しいなぁ。まあナマエちゃんも大概オレと同じで舌がアレってザイロ兄貴も言ってたけど」
「あ、アレ………」
「オレはちゃんとナマエちゃんには好みがあるってわかってますよ?意外と甘いものを食べれないから、ベリー使った甘酸っぱい系のソースとか好きだもんね」

 ツァーヴがナマエの好みを覚えていてくれたことにナマエは大きく何度も頷き、自然と笑みが溢れた。ツァーヴの親しみやすい態度は、一緒にいると気が楽だ。
 しかし彼にも難点がある。ーー普通に歩いて、話している調子で、人を殺してしまうところだ。
 昨日も備品を卸すのを少し渋った兵士を二人ほど、その場にあったスコップで殴り殺していた。何の感慨もなく頭を吹き飛ばした姿は鮮明に覚えている。
 殺人は、ツァーヴには道の小石を蹴るのと同じで、自分の行動を貫くための選択肢らしい。ナマエよりも長く戦いの場に身を落とす彼なので、合理的な理由も含むのだろう。
 なるべくなら避けてほしいとも思う。人を殺して仕舞えば、その人の命はそこで終わりだし、周りに混乱を呼んでしまう。

「よお、お嬢さん。少し恵んでくれよ」

 ーーしかし、現実はそうもうまくいかない。
 大男がそうして、ナマエの肩を掴んだ時にツァーヴはまたしてもナイフを振るった。

「ナマエちゃん」

 ツァーヴの間伸びした一声に、ナマエは目の端に涙を滲ませるーーあまりにもいつも通りの声色で、目の前の出来事が、全て夢だと錯覚できた。
 しかし、現実だ。ふ、と大きく肺を膨らまそうとして、ナマエの中になだれ込む血液の生臭さがそれを分からせてくる。

「この辺は飯屋が良いけど物騒な輩が多いんスよねぇ」

 ナマエは半ば崩れ落ちるように膝を突き、倒れた男の手を取る。すでに、生物としてのまともな温度を感じない。

「ツァーヴさん頑張っちゃいました」ツァーヴははにかんで、清々しそうに得物を持つ腕を空に掲げる。刃から持ち手を伝って、鮮血が重力に従い地面を濡らしていった。「オレね、ナマエちゃんがたくさん話してくれるの嬉しいんです。ナマエちゃんってすげえ良い子だなーっていうのがすごい伝わってきて、胸の中あったかくなってさ。いろんなとこに連れて行きたくなるんすよ」

 ツァーヴは屈むと、強張った表情のナマエを覗き込んでへらりと軽薄に微笑んでみせた。

「いやぁ!守るべきものがいるとなると自然と力が満ちますね?オレってば英雄の思考が根づいちゃってるみたいで困っちゃうな」

  

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