この村には慰問業務として訪れた。近隣の村落に娯楽を提供するだけの簡単な仕事である。痛いことも辛いことも難しいこともない。
 それに今回の任務にはナマエが一緒だった。彼女に絵を描かせると多数が喜ぶので、慰問は彼女に一任して、ベネティムは金策に勤しもうと考えていた、はずなのに。
 眼前でひしめき合う人々の視線が突き刺さり、ベネティムは目眩がしそうだった。

「魔王が出たって、どうすればいいんだよ!?」

 男の苛立った胴間声がベネティムの鼓膜を震わせる。ベネティムの眉根が寄っていく。その熱気にあてられて、足元から溶けてしまいそうだ。

 村の周辺を散策していたナマエが、その地形に魔王現象に侵食されている兆候見た、という。ベネティムはその連絡を受け、速やかに伝書鳩を飛ばしたのだ。

「王国の軍を待っている間に皆さんは避難の準備をーー」

 ナマエがベネティムから回答を引き継いだが、男は不満げに首を振った。

「ふん、人に土地を開拓させておいてまた捨てさせるとは良いご身分だな」
「う、えっ?」

 ベネティムは頭を抱えた。なるほど、どうやら慰問任務を命じられる程度には軍との親交が不安定らしい。
 困った。愛着や信念に固執する相手はとてもやりにくい。
 こういう手合いにはナマエや自分に相手には発言力を一気に失ってしまう。
 勲章もかけていないまっさらな軍服と貧相な体格、そして首に刻まれた罪人の印のせいだ。
 どんなに宥めようとしても、この土地を守るーーそう、魔王現象に対抗できる力があるとでも示さなければ落ち着かないのだろう。
 ベネティムはナマエに耳打ちをして、その場を辞させた。彼女に仕事を与えた。後は自分が時間を稼ぐだけである。

「ーー我々は雑念に囚われすぎているのでは、ないのでしょうか?」

 前方のざわつきが、一気におさまる。顔を見合わせて疑問符を浮かべる彼らはなにやら口々にやりとりをする。手応えを感じたベネティムは声を張り上げた。

「あなたたちはいま何を考えていた!そう、自分の生のことだけ……」

 当たり前だ。現にベネティムだって死ぬのも痛いのも嫌だ。

「我々は一人ではない。思い出してください、顔を見合わせたお互いの幸せを、誰もが祈ったでしょう?」

 ベネティムはまくしたてた。自分からすれば祈りの言葉なんて雨だれと同じで、意味はない。ただ、軍を見放す彼らからすれば、明日の命の補償と救いを委ねる先は、決まっている。

「我々は運命共同体です。そうでしょう?そしてその頂点を、今一度思い出しませんか?」ベネティムは恭しく手を広げた。「後ろを、ご覧なさい」

 空が割れそうなほどの歓声か、悲鳴が上がる。家屋の壁には植物やら図形が複雑に組み合わさった形のものが隙なく描かれていた。

「それは女神様が近いと現れる紋様です」

 そんな事実はないが、ともかく視覚化された神聖に村人は良い方向で興奮していた。
 ベネティムはひっそりと大聖印を切ろうとした。さて右肩からか、左肩からだったか、曖昧なまま弧を描き、十字を切る。その大袈裟な仕草を認めた、彼女から声がかかる。

「流石ですね!ベネティムさん」

 画材で手を汚した彼女の背後から轟音が聞こえる。ああ、多分、魔王現象が起きてきたのだろうか。早く、増援がきてほしい。ーーしかしベネティムは微笑んでしまう。

「……ええ、全て、計画通りです」

  

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