◆7

 食料確保の任務から帰還し、確保した大きな獲物ーー山中で狩ることができた、立派なコビキ熊であるーーを引き渡した。後に盛大に振る舞われるだろう肉料理へ食欲はそそられたが、ザイロはホード、アディフを引き連れて再び森に入る。
 もう少し狩りを続けようというわけでも、歓談をしようと思ったわけではない。

「テオリッタ様ー!そっち行きましたよ!」
「こら!待ちなさい!」

 森のこずえを震わせたのは聞き慣れた二人の声だった。雪道を二人して走り回り、もつれ合うようにして前を跳ねる黒い兎を追いかけていた。
 やはりいたな、とホードたちと目を合わせればすこし剣呑さが増した眼差しをザイロに向けていた。

「なんだよ」
「ペルメリィの姿もある。お前の部隊のものが連れて来させたのだろう」
「ああ?テオリッタとナマエだけのせいにすんなよ」

 木陰でペルメリィとケルフローラの姿もある。
 ペルメリィは膝をつき、足元で雪ウサギの列を作り、一匹一匹の首に丁寧にリボンを巻いていた。ケルフローラといえばナマエたちの動向を追うか、手元で黒い渦をくるくるとかき混ぜてまたあらたな兎か何かを形成し始めていた。

「ああ、あのリボンは有名な菓子屋のものでは?」

 アディフは聡明そうな碧眼を細めた。

「私もいただいたことがあります。買うにはかなり並ばないといけないとお聞きしましたね」
「それが何か問題でも?」
「ホード聖騎士団長は《女神》へのお布施に余念がないようだと感心いたしました」

 アディフが言ったから、という訳でもないがザイロが注目してみると、ペルメリィはまた上等そうな革手袋もしていたことにも気づいた。
 なんなら、ケルフローラだって洒落た外套もしている。しかしザイロはそのことを指摘するのを控えておいた。今度は自分がからかいの対象となるのは分かりきっている。

「つっかま、えたぁ!」

 ばふん、と柔らかくも重たい音がこだまする。ナマエが雪に腹ばいとなり、ケルフローラが形成した兎を両手ですくいあげていた。
 駆け寄ったテオリッタが、兎をうけとりながらナマエを起き上がらせる。二人とも髪に雪がかかったが、そんなことも気にしないくらい興奮で顔を赤らめていた。

「かわいいですね!ケルフローラ様の兎!」
「ええ、この小さな耳なんかとっても可愛くありませんか?」

 額を寄せ合って、ナマエとテオリッタは白い息を交わしていた。二人は軍から《女神》に支給されたマシな手袋を片方に、もう片方に薄汚れたグローブをつけていた。片方だけ交換しあったのだろう。

「ケルフローラ!」

 テオリッタの透き通った声が響く。

「次はウサギよりも早いものを!」
「もっと早い?鹿とか……?」
「鹿はむずかしいですよテオリッタ様」
「むっ、では、もうすこし大きな兎はいかがでしょう」

 ケルフローラが俯いた……のではなく、小さく頷いたようだ。胸の前で広げた手のひらに火花が散った。

「ペルメリィ、貴方はいいのですか?」
「私は、もう少し続けます。ホードに見せたいので」
「そうですか!」

 すでにケルフローラの周りにまで雪ウサギの侵略が波及しているが、テオリッタは納得した様子だった。ホードが隣でむせる。これは後でたくさん《女神》を讃える必要があるだろう、とザイロは他人事のように思った。

「随分と《女神》と仲がいいようですね。あの勇者は」

 アディフが含みのある物言いをする。ナマエの罪状が女神殺し教唆であることを知った上での言葉だろう。
 今度はザイロの動揺を誘って嗜虐心を満たしたいのだろう。そうはいくか。

「馬鹿言え。俺があれに唆されたっていうのか?」

 ザイロは真っ直ぐにアディフを見つめた。いっそ殺意にすら近い意志を眼差しに込める。
 これはナマエの事情をあらかた知っているザイロの本心でもあったからだ。
 どのような形であれ、頑張ってきたセネルヴァを礼賛し、その心に寄り添ってみせたナマエを、そうした揶揄いに使うのは気分が良くなかった。

 アディフの怜悧な面差しがせいぜい歪むのを期待していたが、口唇を手で覆い、肩を揺らした。込み上げてくる笑みを堪えているようだった。

「なんだよ」
「いいえ。殺したといえども、例の《女神》と契約者である貴方が、まさかそういう風に擁護するとは思わず」
「そうか。俺もだ」

 会話を打ち切るようにザイロはテオリッタたちに視線を移した。
 先ほどよりも二回りほど大きい黒い兎が、雪道に小さな足跡を作っている。そして、今度は距離を取るように軽やかかに跳躍し、駆けていく。
 二人の少女も歓声をあげて、足を踏み出した。

 雲の間を通って光芒が放ち、雪の帽子を被る冬木立たちが青白く閃く。
 ザイロは、眩さでつむりそうになった眼差しを無理やり開いて、二人の背中を見つめていた。例えその隣に相棒が居なくとも、背けることを許さなかった。
 少なくとも、あの二人が光の中を走るうちは。

  

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