それは、獅子王司が司帝国を発足し、住民を増やし、原始的な住居を構え、この石の世界(ストーンワールド)においての生活基盤がようやく安定した頃だった。南が息を切らして、司の元へとやってきた。

 彼女ーー南は元記者だ。司が優先的に石化から復活させた人間の一人でもある。なにしろ、彼女の仕事へのプライドや情熱は折り紙付きだった。
 格闘家としてもてはやされていた当時の自分に対して、他のメディアの追随を許さない勢いで、何度も独占インタビューの仕事をもぎ取っていく様は圧巻の一言に尽きた。司のファンと自称した彼女は、しかし仕事となると真摯で、ミーハーなところは一切見せない。司が“妹”の事情を、自分の“過去”を触れるなとすれば、芸能界の裏に薄汚く群がる他の記者たちは下衆な笑顔で首を振ったものだが、彼女は大真面目に謝罪と共に頷いてくれた。
 こうした縁から司は元々彼女を厚く信頼していたし、この帝国において、復活者選定の役目を与えていた。

 その彼女が一言、氷月が見つかった、と司に告げた。
 彼女のもたらした朗報に、司は自分でも意外なほど胸が安らいだ。氷月というのは、司がかねてから探し求めていた、一騎当千の武力の持ち主だ。この帝国を統治するには自分一人では心許ないと、司の心の内を雲らせる不安に、希望の光が射し込んだのだった。

「ようやく、か」

 独り言のつもりだったが、耳ざとい彼女は申し訳なさそうに俯いた。

「ごめんなさい、司(つか)さん。道場がある方をまわっていたのだけれど」
「わかっているよ。うん、この辺りは川が近いし、地形の変化が著しい。探索は大変だ。それに石化している人間の顔は判別しにくかっただろう。……探してくれてありがとう、南。それに他の皆にも礼を言っておかないとね」

 顔を上気させて頷いた彼女に、司はにわかに自分の瞳に慈愛の心が満ちるのを感じた。彼女の服の裾は土で汚れている。地上の石像だけでなく埋まっているたくさんの石像すら掘り返してまで、わざわざ確認していたに違いなかった。

「石像は既に移動させてます」
「うん」
「それと、ーー復活液と服は二人分必要になるかと」かしこまった雰囲気で業務連絡をしていた南は、眉根を寄せると愚痴っぽく発した。「もう一人が、氷月と離せなくて」
「もう一人、かい?」

 司は繰り返すようにして尋ねた。誰かと試合中に石化してしまったのだろうか、と予想する思考を南の言葉が打ち消した。

「氷月って人、女の子の腕を掴んでたのよ」


 南から氷月発見の報告を受けた司はすぐにゲンと帝国の戦士を連れ立って、石像の在り処へと向かった。彼の武器と衣服は既に杠や他の者に作って貰っていたし、復活液だって帝国発足時から氷月用のものを別にして用意していた。それほどまでに、司は氷月という戦力を渇望していた。
 強いて言えば、もう一人の存在が気になった。若い女性と聞いていたし、自分の築いた新世界へ受け入れることもやぶさかではない。むしろ、ニッキーや南がそろそろ女子が増えて欲しいとも言っていたし、いい頃合いだ。

「わ、ジーマーで女の子だ!」

 見えてきた二人の石像に声をあげたのはゲンだった。
 確かに、氷月の石像と彼より頭一つほど小さい女子の石像があった。座る氷月が、向かいの膝立ちになった少女の腕を掴んで寄せようとしている(南が気を利かせたらしい、彼女の体幹は布で包まれている)。察するに、石化前後で氷月が彼女を守ろうとでもしたのだ。
 復活液を順にかけていくと、石像が音を立てて割れていく。ヒビの隙間から覗く素肌に異常はない。何度も見てきたはずだったが、司は復活のシーンから目を離さずにいた。

「ーーッ、は、ぁ」

 最初に意識を取り戻したのは女子の方だった。うめいて、己を掴んでいた氷月の腕から手をすり抜くと、そのまま地面に脱力する。

「大丈夫かい」

 司が声をかけると、彼女は素早く頭をあげた。司は言葉を失った。その髪の白さと目の青さに、見覚えがあった。
 二の句も継げずに彼女は周囲を見渡して、氷月の石像の傍らに後退する。やがて警戒の色を帯びた瞳が、司をしかと映すと、目を見開いた。

「獅子王、司さん……?なんで?」

 司にその疑問に答える間はなかった。彼女の傍らの石像に、動きがあったのだ。

「ーー大方、司クンが助けてくれたのでしょう」

 ある程度の意識はあったらしい、復活した氷月は司の代わりにそう答えた。そして、煩わしそうに鉱石片を首元から剥がしていた。口に大きくひび割れの痕ができてしまっているが、彼ならば気にしないだろう。

「兄さん」

 彼女は、司を見据えたまま、ほっとしたような、喜びを隠さないような様子で氷月をそう呼んだ。

「君、妹がいたんだね」
「ええ、この通り。……ナマエ」氷月は嗜めるように、彼女の手を持ち上げた。小さな手に握り込めるほどの鉱石片が、そこにはあった。「それ以上は警戒は不要だ。余計ないざこざは時間の無駄になる」

 「なるほど」と、後ろのゲンは感心したように呟いた。司も同様に内心で頷いた。
 どうやら彼女は起き抜けに司一派を警戒対象として、体表の鉱石片を一瞬で武器にできると判断し、隠し持っていたらしい。司には大した脅威とはならないが、少なくとも今いる戦士からの動揺は誘えるだろう。一連の思考回路を素早く巡らせるのは、戦いを知らない人間にはまず難しい芸当だ。
 彼女も氷月と同じく武道を修めていると、司は確信した。

「兄さんが言うな、ら」

 ふ、とナマエと呼ばれた少女は顔を上げた。兄と目が合った瞬間に、肩を跳ね上げて「に、兄さん……!?」と再び彼を呼びつつも、目を白黒させていた。
 先ほどの隙のない雰囲気から一変して、「うそ」やら「ヒェ」だのと小さな悲鳴を口から溢した。

「はっきりと言いなさい」

 苛立ちをにじませる氷月に、ナマエは苦い顔をした。

「や、じょ、情報量おかしいって!口のタトゥー何!?てか兄さんなんで裸なの!ヤダ!」
「はぁ」
「ぎゃ!デコピンは無しでしょ!?」

 強かに弾かれた額を押さえる妹に、氷月はやれやれ、と言った風に首を振った。そして呆気にとられる司たちの方を向くと、とりあえず服頂けます?とだけ言った。

  

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