今頃、同級生らは学校で弁当を食べて、楽しくしているのだろう。
 ナマエは公園のベンチで行儀良く座り込んだまま、桐箱を抱きしめた。固いし、痛いし、この行動は何も生み出さない。
 公園の出入り口の前では大人が忙しなく行き来している。たまに中を覗く人もいるが、やはりナマエを見つけると知らぬフリで何処かへ行く。

 こんな狭い公園でランチする人なんてきっと来ない。ましてや此処にはセーラー服に身を包み、死にそうな顔で桐箱を抱えているいかにもワケありな少女がいるのだから。

 時折ポケットに突っ込んであるケータイが振動する。学校か、親戚からの電話か、もしくは仲良くしているグループの子かもしれない。そう予想するだけで、確認する気も起きないのだが。
 むしろ、ナマエはいますぐにこのケータイを解約しなければいけない気がしてきた。お金が、もったいない。

「ねえ、さっきから通知が止まないみたいだけど」

 え、と心と実際に出した声が重なった。
 知らぬ声にナマエは横を向けば、隣にパンツスーツの女性が座っていた。さっきまで、このベンチに座っていたのは自分一人だったはずなのだが。

「出なくていいのかな」
「い、いいんです!」

 ナマエは助けを請うにまた桐箱を抱きしめた。中からカロン、と無機質な音だけが立つ。

「今は、一人で反省会をしたいというか……」

 言って、ナマエは顔を赤らめた。口にするとかなり恥ずかしいセリフだ。少なくとも自分よりもずっと大人で、スマートそうな彼女には、子供が何を、と一笑に付されても仕方がない。
 ナマエがおそるおそる顔を上げると、女の瞳がナマエを真っ直ぐ貫いてきた。何かを責められている気がして、ナマエは首をすくめた。

「何を反省するのかな?」
「な、な、何、なんでしょうね……あは……」

 曖昧に笑っても、じっと見つめてくる彼女にナマエは体温が高まるのを感じた。どくどくと心臓の音がずいぶんと近くなっていく。

「怒りたいのに、怒りきれなかったっていうか……そんな自分に嫌気がさしたカンジ、です……」
「ふぅん。その遺骨と関係あるの?」

 肩が勝手に跳ねて、ナマエの口のなかがだんだん乾いていく。指に跡がつくくらい抱きしめているこの桐箱の中身は、彼女の言う通り、遺骨のひしめく壺がある。骨は父と、母と、姉のもの。

「おかしいですよね、私、落ち着かなくて、ずっと持ち歩いてるんです。これ、持って、ママと行ったショッピングモールとか、パパの勤め先とか……行ってて」
「此処も誰かと来たのかな」
「……お姉ちゃんとよく遊んだ公園です。といっても十年ぐらい前の話なんですけどね」

 引きつった口元のまま笑おうとすると、えひ、とおかしな声が上がった。

「この辺りで大きな事件といえば……悪魔が出たって聞いたけど……」

 図星、という言葉が頭をよぎり、ナマエは身をかたくした。
 彼女の言う通り、ミョウジ家四人家族はナマエ一人を残して悪魔に殺された。忌まわしい事件が起きたのは何でもない日曜日。家族で映画を見ようと盛り上がり、途中でジュースを飲みたくなったナマエがコンビニに一人で向かった後。

「でも、どうして反省会を?キミにはどうしようもなかったじゃない」

 確かに、どうしようもなかった。その場にナマエがいたって、あっという間に悪魔に殺されただろう。関節全てをちぎって分解されたり、お腹の中身をひきずりだされたり、全身の薄皮をはがされたり。両親らと共に、たくさんの血の染みと無念をあの家にこびりつかせただろう。

「いろんな人に同情されたんです。家族が死んでしまって、かわいそう。慰めの言葉もいっぱい送られます。だけど、こう期待もされてるんです。かわいそうなナマエちゃんは、悲しくて寂しくて一人で家に丸まってるはず……」ナマエは目を伏せた。「私、言いたくて仕方ないんですよーー『黙ってろサル共』って。『私にあの悪魔を殺させろ』って。……でもできなくて」
「すればいいのに。私なら言っちゃうな」
「無理ですよ、だってそんなこと、許されませんよ。言えば仲間外れにされちゃいます……外されたら、私、子供だから一人で生きていけないし……」

 ナマエの胸には小学校の頃、好きな子にラブレターを送った時ぐらいの緊張感と期待があった。なぜか、この女性ならば、ナマエの問題をどうにかしてくれると思ってしまったのだ。

「なんだ。そんなことか」

 彼女はへぇ、だのふぅんだのと物珍しげにナマエの顔を観察すると、ふと思い立ったように誰かに電話をしだした。
 ナマエを視界から外し、淡々と受け答えする姿は様になっていて、彫刻でも眺めている気分になる。

「――ね」
「え」自分が呼ばれたと気付くまでに、ナマエは瞬きを三回分するほどの時間を要した。「な、なんでしょう!」

「まだ時間があるなら、こっちにおいで。イイモノみせてあげるよ」


 マキマ、と名乗ったその女性に、ナマエは素直に従った。親しみやすさのない雰囲気だったが、悪い事はされないという確信を持てたからだ。
 彼女は初めは大通りを進み、このあたりに住んでるナマエが通ったことも見たこともない裏道を訳知り顔で歩き、ようやく足を止めた。

「いっ」

 と、まず路地で声を響かせたのはナマエだった。
 眼前には、醜悪な肉の塊――世間で言う、悪魔がいた。

「私は公安のデビルハンターなの。この悪魔がね、キミの家族を殺したらしいの」
「わたしの、家族を……」

 自然と体が揺れ動き、桐箱からカラン、と音が立つ。

「どうしたい?」
「で、でも、私……」
「何しても良いんだよ。だって見てるのは私だけだもの」マキマはナマエに向かって、にっこりと笑った。「私はね、ナマエちゃんみたいな子すきだよ。とっても素直で、いい子だもの」

 「悪い奴を倒して、私を安心させて?」と首をかしげる彼女に、ナマエの頬がぽ、と火が灯ったように熱くなる。
 返事する時間も惜しくなり、ナマエは悪魔に駆け寄った。そして持っていた桐箱を掲げて、その脳天に落とした。肉が凹む、生々しい感覚が指先から駆け上り、ナマエは眉間にしわを寄せた。
 ただ、それも一瞬の間だ。
 悪魔の悲鳴が、耳に運ばれると全てがどうでもよく思えた。振り落とすたびに箱の中からごとごと、ガチャガチャと音がする。ナマエには、家族が自分を応援している声に聞こえる。
 思いつく限りの罵倒を叫び、悪魔の顔をなんどもへしゃげさせる。

 いいことをしているのだ、私は。
 マキマさんも認めてくれている。


「――ありがとう、ナマエちゃん。悪魔をころしてくれて」

 興奮のせいか、背後から降ってきたマキマの声が遠い。
 まるで空のかみさまが声をかけてくれたようで、ナマエは誇らしさから、表情をほころばせた。


  

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