「次は甘露寺さんのところだよね。炭治郎ならできるよ!頑張って!」

 僅か五日で時透の訓練を修めた炭治郎に、時透は晴れ晴れとした笑みとともに声援を送った。炭治郎は「時透くんもね!」と人好きのするようにはにかむと、荷物を背負って歩き出した。
 時透はだんだんと遠ざかる背に名残惜しさを感じつつ、木刀を片手に道場へと足を向けた。廊下を進むほどに、何かが激しく打たれる音が大きくなる。
 道場の開かれたままの扉を覗き込めば、他の隊員が時透の言いつけ通りに打ち込み台に向かって木刀を振るっている。

 打ち込み方一つだけで時透の笑顔は一気に崩れた。
 ――なっていない。全く、なっていない。
 筋肉の使い方以前に体の動かし方が全くできていない。軽く足を踏み込んだだけで突きができるとなぜ思うのだろうか、もっと全身で踏み込むべきだ。そして引きもとろすぎる。あれでは次の動作に移るのに何秒かかる?
 木刀の持ち方だってちがう。小柄な時透よりも劣った力しか出ないだろう。あんな力が伝わりにくい持ち方でなぜ斬れると思うのか。
 粗に気がつけばつくほどに、時透はすりつぶせそうなほどの力で奥歯を噛み締めた。
 悲鳴嶼や宇髄らと話をしたが、やはり隊員の質が悪い。ダメなところを叩き直すのがこの柱稽古の目的だが、基礎中の基礎さえも出来ていないこの現状にはさすがに頭を抱えたくなった。

「――無一郎?」
「あ、ナマエ!?」

 おそるおそるといった様子でかけられた声で、時透の表情に喜色が滲んだ。

「いつから居たの?」
「さっきから」ナマエは口元を歪めた。「ごめんね、何回か呼んだんだけど驚かせちゃったかな」
「そんなことないよ」

 このナマエという少女とは、時透が鬼殺隊に入る前――それこそ、父と母がまだ生きていた頃からの仲だ。孤児の彼女を両親が連れてきた日の記憶は昨日のことのように思い出せる。
 こうして彼女と会うだけで思わず顔を綻ばせてしまう程度には、時透にとって大切な友人であり家族で、最も信頼できる人間の一人なのだ。

 時透はすぐに道場の入り口を閉ざした。中から響いていた威勢の良い音と声が遮断され、もうナマエの声がかき消される心配はない。

「無一郎、なんだか難しい顔してるけど大丈夫?まだ前の傷が痛む?」
「ううん!それは全然大丈夫!心配ないよ」

 時透がにっこりと微笑めば、「そっか」とナマエはほっと緊張を緩めた。

「ところで、ナマエはなんで道場(こっち)の方に来てるの?僕に何か用事があった?」

 時透の疑問は最もだった。

 ナマエは隊員ではない。齢のせいかまだ身長が低くて非力だし(時透と同い年で、同じくらいの背丈なのだがやはり男女で筋肉の量が違うようなのだ)、性格だって戦闘向きではなかったからだ。
 だから入隊が決まってからすぐに自分の屋敷をもらった時透は、隊員でなく、身寄りのないナマエをそこに住まわせた。そしてナマエ自らの申し出により家での掃除や食事等を任せているのが現状だ。
 ――つまり、刀とは無縁な彼女は道場には用事がないのだ。

「そ、それは……」

 ナマエはバツの悪そうに時透を見つめた。その様子にはて、と時透は小首をかしげる。もしかして自分は、彼女に何かしてしまっただろうか?

「あのさ、僕が何かしちゃった?それともナマエが何かをやらかした?ごめん、全然見当がつかないや」
「ううん!無一郎は全然悪くないの!悪くないんだけども……ちょっと顔が見たくなっただけというか……」
「ええ?柱稽古始まってからずっとこっち居るじゃん、僕」

 理由を言うように視線で促せば、ナマエは口をもごもごとさせる。とは言っても時透とてそのまま逃がすつもりはない。じいっと訝しげに視線を注ぎ続けると、やがてナマエは観念したようにため息をついた。

「無一郎って最近明るくなったじゃない?」
「まあね」
「で、友達もできたじゃん」
「うん」

 即答する時透に、ナマエは眉をハの字に下げた。

「ね。私としてはすごく嬉しいよ。だって、無一郎はここに来てから鬼に怒りっぱなしで、辛そうだったから。炭治郎さんがこっちにいた五日くらいずっとずっと楽しそうだったもん。私、あんな無一郎ひさしぶりに見た。良かったーって安心した」ナマエは無一郎の様子をちらりと伺った。「……でも、なんか私は無一郎に何にもできてなかったのかなーとか考えて。ちょっとだけ、思うところがあったり―――うひゃあっ!!?」

 ナマエの悲鳴が時透の耳をつんざいた。
 時透がナマエに手を伸ばし、思い切り頭を撫で回したのだ。目を白黒させるナマエに時透は愉快そうに口元の笑みを深めて、乱れた髪を手ぐしで丁寧にといていった。

「ごめんね。そんなに寂しがらせるつもり無かったんだ」
「あ、謝りながら笑うって変だよ!」
「だって、ナマエがあんまりにも可愛いからさ。甘露寺さんっぽくいえばきゅんときたっていうか」
「は!?」

 ナマエの身が竦み、顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。とっさの褒め言葉を処理しきれていないのか、口が開きっぱなしである。時透はますます上がりそうな口角を隠して、「今日の稽古が終わったらいっぱい話そうね」と、今度は機嫌よく道場へと入っていった。



昨日(2019.7.25)の公式ツイッターにあげられていた時透と伊之助の画像が可愛いので見てください!!!!!!!!!!!!!!!

  

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