「おや、君は、――ミョウジさんの後輩?
 そんな顔をしてどうしたんだ。それに汗がすごいよ、そんな景気悪そうな黒い服でもよくわかるくらいには。
 私のところに来るということは大事な話なんだろう?じゃあ落ち着いて話をしなければ。そうそう、汗も拭いて、息も整えて。
 フフッ、私に依頼するのは初めてか?大丈夫だ。金さえ揃えてもらえればきちんと役目は果たすとも。

 何?違う?このチョコはなんだ。これは、ミョウジさんのものだな?私に『さいごに渡しておいてくれ』って頼まれた……?

 待て、じゃあ、なんだ。さいごって。私に何を言いに来たんだ。待て、待て。

 ――いや、すまない。予想はついているが、少し驚いただけだ。聞かせてくれ。

 やはりミョウジさんは死んだのか。良いさ、呪術師だからな、こんな風に呆気なく死ぬもんだ。
 ああ、そうだな。彼は特級にこそ届かないが、今の一級呪術師の中ではとびっきり強い男だったね。惜しい男を亡くしたものだと上の人間も嘆いているだろうよ。

 今際の際の彼の隣に君が居たのか。……ハハッ、そうか。最期まで小言を言ってきたか。まあ、ミョウジさんは……私以外には、厳しい男だったからね。
 その顔はなんだ?まあ、不思議に思うのも仕方ないのかな。
 “何故ミョウジ家の嫡男の死を、氏族でも傍系でもない私、冥冥に真っ先に伝えなければならなかったのか。“
 そうだね、ミョウジ家は御三家と同じく血統主義の厳しいお家。術式をきっちりと受け継いだ長男が死んだらまずそちらへ連絡を入れるのが妥当だろう。君もミョウジさんに私のところへ行けといわれてさぞ戸惑っただろうね。
 でもダメなんだよ、それでは。
 彼は私と契約をしていたのだから。

 ああ、詳しく聞きたいのかい?良いよ、どうせ――君だって私と共犯なのだから。
 違うって?いやいや、何を言っている。ミョウジさんの死という大事な連絡を誰にも入れなかったんだろう?偉いね。だけどこれを知られたらきっとミョウジ家の人間が怒り狂うこと間違い無し。いやあ、怖い怖い……。あの家は本当、血が繋がっている人間にだって容赦ないからね。
 ははは、そんな顔をするなよ。冗談冗談。数時間くらい死亡時間をずらすだけだ。どうせ解剖もろくにされないだろうし。

 ああ、そう。契約の話だったね。簡単さ、“私、冥冥がミョウジナマエの願いを聞く代わりに、彼が死んだ際には財産を全て私に受け渡す”――な、単純だろう。
 野暮な想像はするなよ。別に大衆向けドラマみたいなやましいことは無かった。
 そうだな、思い出話を語らせてもらおうか。どうせ共犯の君以外には話せないし。

 出会いは簡単だ。任務で一緒になった時。彼はもともと私が金で……まあ、いろいろなお手伝いをしていることを知っていたらしくてね。『本当か?』って真偽を確かめに来たんだ。
 一方で私も彼のことをよく知っていた。入学当初からの一級呪術師、ミョウジ家の術式を清く正しく受け継いだ大事な大事な“一粒種”の息子。なおかつその性格は四角四面、他人にも自分にも厳しいストイックな男。
 彼の厳しさは“真っ当な人間”そのものでね。保守派の上層部が何かをやらかすと口を出す時もあるんだ。風の噂では一人か二人引き摺り落としたこともあるとかないとか。真偽は私にもわからないが。
 そんな人間が、私のところに来たんだ。
 “終わったな”と思ったよ。私はそんなお上の人のお手伝いをしたことが何回かあった。彼にとって邪魔な木っ端呪術師だったんだ。真っ先に切られるだろうと、そう想像していたんだよ。
 そんな男に、そう、さっきみたいな契約を持ちかけられた。

 私が彼の願いを叶える代わりに、彼が死んだらその財産を私に全部相続させる。
 最初はいぶかしんだよ。何を企んでいるんだろうって。
 でもあの男は――いつも寄せている眉を和らげて、本当に優しい顔で自分がやりたいことだから、って言ったんだ。その場で通帳もキャッシュカードもまあ、他の……きっと血縁者だって滅多に知らないような、彼の色んな資産にまつわる資料を私によこしてきたんだ。彼の性格らしく、きっちりとまとまっていた内容だった。
 そんな資料いつ用意したんだ、と私が苦し紛れに尋ねるとミョウジさんはなんてことない顔で言うんだ。『君と任務が一緒になるとわかった時から』……。
 正直、怖かったよ。本当に、私に何をやらせるつもりなんだって。気づけばコンクリ漬けにされてどこぞの湾岸に沈められるんじゃないかとか考えてたね。でも、断ったら何をされるかわからなくて、もう頷くしかなかった。
 命あっての物種だからね。

 それで次に任務で会った時にミョウジさんは私に何をしたと思う?
 適当な市販のチョコ菓子をぽいって渡してきて、『じゃあ、今日も任務頑張ろう』って。意味がわからないだろう。その時の私もわからなかった。
 なんせまだ自分の首に縄がかけられている気持ちだったから、戸惑ってこれは食えという願いごとなのかと聞いたんだ。そうするとミョウジさんはこれはそういう意図じゃないと……困った顔をしていた。
 二級の呪霊なんてほんの十分かそこらで祓ってくるあのミョウジさんが、なんの取るに足らない小娘の私に困った顔をしてたんだ。面白かったな。
 会うたびに、彼は私にチョコを渡してきた。意味はわからなかったが、今にして思うに……え?実際の彼のお願い?
 いい質問だ。それもまた取るに足らないものだった。

 一緒に飯が食いたいだの、話がしたいだの、買い物がしたいだの。簡単なものだ。それに思っていたほど無理やりじゃない。私が予定があるといえば、すぐに引いたんだ。
 その時は不思議だったのだが、男女の関係となるように迫られなかった。手をつなごうとも、私と必要以上に距離を詰めたりもしなかった。
 ただ一緒に居る私を見つめて満足げに頷いているだけだった。
 普段の肉食獣めいたぎらぎらとした瞳はそこにはなかった。彼の瞳には春の木漏れ日のような柔らかな光がたたえられていた。
 ミョウジさんは私を大事に扱ったよ。私が少しでも体調が悪いそぶりを見せればすぐに休ませてくれたし、頼めば私が欲しいものを買ってくれた。化粧品、靴、服、呪符、呪具……。
 ……フフ。そうだね。――君たちにはそんなことをしてくれないだろうね。むしろ甘えるなと怒鳴りそうだ。彼は、……私にとても甘い。

 そうだよ、彼が私に甘いのにはきちんと理由があった。

 私は自分が贔屓にされていると自覚した折に、雑談のつもりでミョウジさんに聞いたんだよ。どうして此処まで私の好きにさせてくれるのかと。

 そうしたら、彼はなんと言ったと思う?

 私が、『妹に似ている』からだって。

 知られている通り、ミョウジさんはミョウジ家の“一粒種”の息子だよ。彼は一人っ子。妹なんているはずがないんだ。

 だが私はさっきこうも言わなかったか?ミョウジ家は“血が繋がっている人間にだって容赦ないから“。……そうだよ、つまり、そういうことだ。
 扱うにはまず血縁者一人を強制的に犠牲にしなければならなかった。そういう縛りで成り立つ、強力な呪術なんだ。

 ミョウジさんがそれを知ったのは呪術を使った後らしい。死んだ妹君の遺体を抱いて、ようやく周りが教えてくれたんだと。彼は自分の身が引き裂かれたような顔で言ったよ、『あの子は嬉しそうに死んでしまった』と。

 フフ、フフフ。あの呪術は、あの家は、本当に恐ろしい。
 彼の妹君は意気揚々と家の――ミョウジさんの為に人柱となったんだ。周りもそれを当然としていた。これはミョウジさんの家では代々当たり前のように受け継がれていたんだ。
 そして、かわいそうなことに、ミョウジさんだけはそれを当然とできない人間だったんだ。

 妹の死の上で呪術師と成り立ってしまった彼は苦しんだ。ずっとずっと苦しんでいた。
 彼の厳しい顔はきっと地獄を這いずりまわされる亡者の顔だったんだろうね。

 そこで、妹の面影を持つ私を見つけた。さしずめ私は彼にとっての蜘蛛の糸、といったところか。

 ああ、そういうことだ。ミョウジさんは、私を妹代わりに可愛がっていたんだよ。
 願い事の部分はきっと妹としたかったことなんだ。財産をあげるのだって、罪を償うつもりなんだ。そして本人ははっきりと言わなかったけど、きっとチョコだって、自分が妹にしてやりたかったことの延長戦だったのだろう。
 自分の全てを私に明け渡すことで、彼はようやく楽になれていたんだ。
 ……フフ、それなら、私にだけ優しい顔をしていた理由がわかるね。

 見ての通りだがその話を聞いて、私は契約を破棄しなかった。
 金以外のしがらみなんて理解したところで無意味なんだ。

 ううん、いいんだ。別に。どうでも良いよ。私は金さえもらえたら、それでよかった。

 そんな関係が数年ずるずる続いて……ようやくミョウジさんは死んだ。あとは遺産……いや、資産を頂こうか。
 資料を取りに戻らないといけないから、送ってくれ。ああ、頼む。
 そう不満げな顔をするな、運転代諸々きちんとは払うとも。

 だから、いいんだ。私は別に気にしてない。ミョウジさんのことは……何?ミョウジさんは私を介して妹君を見ているだけじゃなかった?私のことを気にしていた?

 ハハ、冗談はよしてくれ。ミョウジさんはとことん自己中心的な男だ。
 結局財産だって妹君にあげた気になったまま死んでるんだ。数年隣に居た私に遺したものは……何も無いだろう。私のことを気にしたことなんてないはずだ。

 違う?何が違うんだ?悪いが、ミョウジさんに関しては私の方がよく……――は?
 それは、本当なのか。本当なんだな?“ミョウジさんの妹は甘いものが嫌い”だった?チョコなんかもってのほか?
 ああ、妹君の墓参りの時に言ったのなら、そうなのだろう。なんだ、君には呪術の縛りまでは教えてくれなかったのか。

 いやそれよりも……このチョコは、なんだ。正真正銘私宛、ということか?

 …………そうか、そうだったのか。
 フフ、フフフ……アッハッハ!なんでチョコなんだろうな。私が喜ぶとでも思ったのだろうか。そもそも私にあげたつもりなら、そう教えてくれたっていいだろうに。

 そろそろ切り上げようか。ハハ……すまないね、ゆきずりの君にこんな話をしてしまって。代わりにこのチョコをやろうか。――いや、冗談だ。自分で持っておくよ。
 なに、化けて出られても嫌だからね。ミョウジさんは私にくれたのだから。私が持っておかなければ。



 ああ、ミョウジさんめ。本当、やってくれたものだ。地獄で覚えていろ。全く……」




ネタ提供:黄泉様

「冥冥さんに死んだら遺産全部あげるからと生前に色々他愛ないお願い(一緒にご飯食べようとか)してた夢主が死んで、ホントに金以外遺してくれなかったのに、もやる冥冥さん」


  

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