「……」
私服の加茂、そして同い年くらいの女の子がまん丸とした目で桃を見つめていた。この先の公園でやっている祭りに行くのだろう、女の子は髪も化粧もばっちりときめて、華やかな浴衣を着ていた。
「え、ナニ。もしかして彼女?」
「違う」
おどけて尋ねれば真っ先に否定したのは同輩の加茂である。かなり力強く言った加茂とは対照的に隣の彼女(これは二人称だ)は「ううん」とゆるゆると首をふった。
なるほど、と桃は一つ頷いた。面白そうな気配に自然と口元が緩んでいく。
女の子が不思議そうに首をかしげれば、くるりと巻かれた横髪が揺れた。
「のりくんの友達?」
のりくんて。
思わず吹き出しそうになったところを桃は耐える。
桃は視線を加茂にやった。いつもどおり、愛想のない顔だ。細目のこの男は微妙に表情の機微がわかりにくい。
「同級生だ」
「へえ。初めまして、ミョウジナマエです」
「西宮桃。桃でいいよ」
「オッケー」とナマエはゆるくまた笑った。呪術師(桃たち)なんかとは縁もゆかりもなさそうな普通の女の子だ。どこでこんな女の子と知り合ったのか一層気になってしまう。
「お前は任務か」
明らかにオフの二人とは違って桃は制服を着ていることで察したのだろう。加茂の問いに桃は「そう」と頷いた。
「ナマエちゃんたちも行くっぽいけど、今日祭りあるでしょ?それの警備しなきゃいけないの」
「なるほどな……」
「なんか大変そうだね」
「まあ給料分はたらいたらサボるよ」
ナマエの隣の男から呆れたような視線を感じたが知らんふりだ。桃は夏の蒸し暑さで苦しみながら呪霊を追い払うのだ、女の子と二人で祭りを楽しんでる男の忠告に聞く耳は持つまい。
「ってか彼女じゃないならどういう関係?」
「幼馴染だ」
「家が近所なの」
「へえ」
幼馴染だからって年頃の男女が祭りに?ナニ?何なの?私は何を見せられてんの?
いや加茂くん。そういうわけだからな、みたいな顔をされても困るんだけど。ナニ?
正直今すぐに親愛なる真依に連絡を取ってすべてを話したかったが、ここは我慢することにした。
「ね。二人さ、付き合ってないの?」
「どうしてそうなる」加茂は呆れたように言った。「私とナマエはそういう仲ではない」
ナマエが加茂を見上げた。
「のりくん学校でいい人いないの?」
「いない」
「なんだぁ」
あ、ナマエちゃんはそういうカンジ。
残念そうに口をとがらせるナマエは幼馴染の恋愛事情に興味津々のようだった。
「桃ちゃんの学校の話とか聞きたいんだけど、警備?のお仕事なら引き止めるわけにはいかないね」
「まぁ、そうそう何かあるなんてこと……」
ない、と言い切る前にポケットが振動する。携帯には副監督の名前がうつっていた。嫌な予感を覚えつつ出てみると、案の定呪霊が出たのだという。
「……出たのか?」
「あっちの方で出ちゃったみたい。雑魚っぽいけどね」
「私も行こう」
「マジ?」
「万が一を考えて持ってきてるからな」
桃は何が、とはあえて尋ねなかった。加茂が呪術で使う輸血パックであることをすぐに察したからだ。
それを伏せたということはナマエは加茂から詳細を知らされていない、呪術とは無関係の一般人なのだろう。ますます掘り下げてやりたくなったが、また今度にしておくことにした。
「ナマエ、あとでまた連絡を入れるからこの辺りで待っていろ」
「うん」
「ちゃんと持ってきているな」
「ばっちり!」
「……何を?」
二人の間では伝わっているが、主語がないそれに桃の疑問は口をついて出た。
「これです!」
ナマエは何かを籠の巾着から取り出した。それはもう、なんの疑問もなく。満面の笑みで。
しかし桃の口の端が「げ」と引きつってしまう。仕方がないだろう。ナマエの手にしっかりと握られた御守りには――加茂の残穢がついていたからだ。
「えっと、桃ちゃんも知ってるんだっけ。呪い?っていうのがいるでしょ。私には見えないんだけど……どうにもそれに憑かれやすい体質らしくて。だから持ってろってのり君がくれたの。護符が入っているんだって」
「そ、そっかー。へえー心強いねー」
ナニ入ってるの、ねえナニ入れたの。
問いただしたくなる口を押さえて、桃はナマエと別れ、先に行く加茂の背を追った。
「ねえ、あの御守りナニ入ってるの。残穢すっごいついてたんだけど」
「何って、血で浸らせた……」
「なにあげてんの!?」
「私の呪術を知ってるならわかるだろう」
「いやー……うん。もう何も突っ込まないことにするよ……」
もう数分早く別れるかすれば、そんな真実を知ることもなかったのに。興味本位でこの二人の関係性に首を突っ込もうとしたのが運の尽きだったのだろうか。
目をつむれば先ほどカワイく「またねー!」と手をぶんぶんと振ってくれたナマエの姿を思い出す。
――絶対中身のこと知らないよねぇ、あれ。
しかし言わぬが花というものなのだろうか。桃は目的地へと足を向けつつ、内心で頭を抱えた。