※名前変換ないです。




「だって私が苦しんでいるわけじゃないもの」

あっけらかんと言う女は俺の姉で、生まれつき五体満足健康体のくせに天与呪縛を持つ俺よりも更に強い。
世の中はどこまでも不条理で不平等だった。何故この能天気で無神経な女が太陽の下でのびのびと生きているのに俺は月の光の下ですら生きられず這いずり血反吐を吐くような思いで生きていかなければならないのか!
俺はあの女が妬ましく憎らしかった。いまも憎い。何度となく罵倒してやっても平然としているところもなおのこと苛立ちを煽る原因だった。
呪術師にとって負の感情である憎しみは糧になる。それでもあの女には勝てなかった。









慣れた気配を感じた俺は目を閉じていた。寝ていると思ってソイツが帰ってくれないかと極小な希望にかける。
生憎、天に嫌われている俺の希望は叶わないようで真っ直ぐに俺の元に歩み寄る女は俺の”狸寝入り”を見抜けなかった事がなかった。

「弟、話があるんだけどいいかな」

ひょっこりと現れた女は俺が寝ていると微塵も思っていないようだった。きっと好きなだけ俺に構って帰るのだろう。いつものことだった。
ここに来るなというの以外は素直に受け入れることの多いこの女は気安く名を呼ぶなと言ってから一度として俺の名を呼んだことがない。代わりに俺のことを”弟”と呼ぶ。
俺の方は勿論”姉”と呼んでやったことはないように思う。少なくとも記憶にある限りは。

「どうせ嫌だと言っても勝手に話すんだろう」

「そりゃ君が会話してくれないからそうなるね」

「デカイ独り言を聞いてるこちらの身になれ」

女は部屋の奥に仕舞われたパイプ椅子を持ちだして腰掛けたから長居する気かと憂鬱な気分になる。
今日は体調が良い日だった。健康体とは縁遠い俺には”比較的”とつくのだがそれでもいつもよりマシだった。
ともかく体調に比例して機嫌が良い方だったと自覚はある。少なくともこの女が来るまでは。
俺がそんな事を考えている間も女は椅子に座ったままボンヤリと目線を彷徨わせて長いこと黙っている。言いたいことくらいまとめておけと思う。
用を済ませて、そして、とっとと帰れ。そんな思いが通じたのかようやく女が話し出す気になったようだった。

「今日は告白したいことがあるんだ」

身を乗り出した女に合わせて椅子が軋む。とっておきの秘密を告げるようにほんの少し笑っている女に嫌な予感しか湧かなかった。

「では言うよ。弟よ、君が”殺してくれ”と一言でも言ってくれたなら私は誰がなんと言おうとどんな邪魔が入ろうとその通りにしようと思っていた。まあ今もなんだけどさ」

物騒な内容に思わず閉口する。それを女は躊躇わないだろうし、邪魔出来る存在はほとんどいないだろう。

軽い口調で、俺を殺すなどと言ってくる。その異常性が呪術師としての力の代償だろうかと考える事があった。今はそれはいい。

女の言うように死にたくなりそうなほど苦しかったことは何度もある。
そんな時に限ってこの女は側にいて、憎い相手に弱味を晒すのが癪だったので黙って苦痛を飲み込んだ。分かっててやってたのか。そうかなるほど、殺してくれと請われるのを待っていたのか。
こんな経験はとうに慣れたはずなのに胸にポッカリと穴が空いたような感覚があり手近にあったコードを握りしめた。
嘘をつきやがってーー訳知り顔でアドバイスしてきたパンダを脳内でコテンパンにして気を落ち着ける。そうだ。俺は失望なんてしていない。ただこの女が婉曲的にではあったがーー死ねと言ってるのが珍しく感じただけなのだ。

「正直言っていつ言うかなってずっと怖かったんだよね。でも、弟を手に掛けて苦しいのも悲しいのも悔しいのも私だから…私だけのものだからそれでいいのかなと思ってた」

それはいっそ傲慢とも言えるような独りよがりな考えであった。誰にも共感を求めず分け与えず自分だけの感情として一生抱えて生きていく気だったのか。

ーーだって私が苦しんでいるわけじゃないもの。

突如天啓のようにあの時の言葉が蘇る。その言葉の意味を俺は取り違えていたのかもしれないと気づいた。
この女……いや、彼女は、要するに俺の苦痛は俺だけのものでそれに同調するなぞ烏滸がましいとでも思ってたのか。
なんて分かりにくい女なんだ。というか馬鹿だ。同情なんぞ御免だがそれじゃあ誤解するだろ!分からないに決まってる!

「世の中に絶対なんてないけどさ、友達もいっぱいできたみたいだし今後君がそれを口にすることがないだろうと思うとなんだか安心した」

簡単なことだった。
俺が生きる理由を見つけたのだろうと、嬉しそうに言うこの女(ひと)は、罵られ憎まれ、それでも俺が大切だと、ただそれだけのことだったのだ。




妄想置き場の黄泉様から、相互記念として頂きました。

  

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