十二月ともなれば気温が二桁いくことはあまりない。クリスマスツリーが飾られた店頭を、人々が白い息をついて早足で通っていく。とは言っても俺に伝わるのはただの視覚としての情報で、呪骸のメカ丸は寒さを感じることはない。
 浮かれたジングルを鳴らした自動扉から、ようやく学ランの子供――ナマエが出てきた。

「ごめーん!お待たせお待たせ」

 へらりと笑ってメカ丸に寄ってくるナマエは、メカ丸の手を取って「冷たぁ!」と高い悲鳴をあげた。

「何をしているんダ」
「え、メカ丸にあっためてもらおうと思ってさ。あれ?発熱機能とかない感じ?」
「肌がチーズみたいに溶けてもいいのならバ、できるナ」

「意地悪!」と文句を垂れるナマエ。任務帰りの俺を「暇!?ならちょっとお茶しよう!」ととっ捕まえて、尚且つ「ちょっと買いたいものがあるから待ってて!」とー無論、メカ丸には関係ないがーこの寒空の下で待たせた人間の発言なのかと呆れる。
 そして仮にも俺は高校一年で、ナマエは中坊だ。従兄弟同士とはいえ、もう少し年上に敬意というものを覚えるべきじゃないのか。
 寒い寒いと、ナマエは両手をポケットに突っ込み、メカ丸の前を歩き出す。高い位置で一つにまとめている、ナマエの髪が尻尾のように揺れた。そこから覗くナマエの首筋ははやくも冬の冷たさで赤くなっていた。

「何処に向かってル?」
「ゴスト」
「……奢らないからナ」
「ケチ。じゃ別のとこにしようっと」
「そうしておケ」

 財布をちらっと確認して、行き先を適当なファストフード店に定めたらしいナマエ。
 メカ丸の視界にはその手にかかった、リアル調のサンタがプリントしてあるビニール袋が映る。うっすらと透ける箱から判断するに、どうやらゲーム機を買ったらしい。しかも、その形には見覚えがある。

「ナマエ」
「何?」
「この前も同じやつを買ってなかったカ」
「ん。でも画面が大きくなったやつ」
「ハァ?」

 あと前買ったやつとは色違いにしたんだぜ!とサムズアップするナマエ。メカ丸にわざとらしく肩をすくめさせた。

「阿呆カ。二つも持つ必要あるのカ?」

 ナマエは片眉を上げた。

「大有りも大有り。新しいのはボタンのストロークが薄くなって押しやすいからさ。見てみこれ」
「別に良イ。オイ。出すな出すナ」

 違いを見せてやろうと息巻くナマエがゲーム機の入った箱に手をかける。慌ててメカ丸でナマエを押さえて、袋にしまわせる。思わず遠い場所にいるはずの俺が立ち上がりかけたのは悪くない。だって、本気で出そうとするとは思わないだろう。普通。というかこんな往来で出されても正直迷惑だ。
 お前は子供か。ーー……子供だった。
 そっと頭を抱えていると、ナマエが「あっ!」と声を上げる。今度はなんだ。

「これで二台になったし一緒にゲームやろーぜ。対戦できるしさ」
「やらなイ。それにオマエは俺に古くて小さい方を渡してくるのだろウ」
「良いじゃん。やろうやろう」メカ丸を見つめるナマエの目がいたずらっ子の笑みを作った。「兄ちゃんに会いたいし」

 俺は思わず息をのんだ。
 そうしたのは、ナマエが当然のように俺にお古のゲーム機を渡してくることに対してでなく、兄ちゃん、という呼称に対してだ。ナマエが兄ちゃんと呼ぶときは決まって傀儡のメカ丸でなく、その向こうにいる俺のことを指している。
 黙り込む俺に対して、そっちコンセントの空きあったっけ?充電器さしてもいいとこある?なんて当然のようにたずねてくるナマエはある意味大物というかなんというか。

「いつも思うんだガ、……物好きって言われないカ?オマエ」
「別に?」

 ぶんぶんとナマエが首を振ると、大げさなくらい頭の尻尾も揺れた。はあ、と俺はひっそりとため息をついた。

 ナマエは知っている。京都高専一年生究極(アルティメット)メカ丸の――その向こうの、「俺」の事情を。
 この体は天与呪縛という天から授けられたような、優秀で過剰な呪術の才に蝕まれている。全身の包帯を代えるときにだって肌の皮が簡単に崩れてしまうし、腕や膝から下の足は生まれつき無い。諸々の弊害が生じたことで下半身を薬に沈めておかなければ、ほとんど活動できないのだ。
 俺の惨状が見るに耐えないのは嫌というほど分かっている。両親は呪いを見ているかのような顔つきになるのを必死に抑えていたし、俺の術式に興味を持った親戚や外部の人間はこの有様を見るとすぐに離れたがった。

 だがナマエは違った。俺の姿を見ても、ナマエは変わらなかった。直接会ってから目を輝かせて、兄ちゃんと俺に懐いてくるのは親戚の中ではナマエくらいのものだった。メカ丸を見てカッコイイだのと騒ぎ立てたり、技名を勝手に提案してきたりもした。

「兄ちゃんとこに行くときにさ、土産になんか持ってくよ。なんか、うまいやつとか、本とか」
「年下から施しを受けるほど俺は困ってなイ。特に金を無駄遣いした年下にはナ」

 いい格好しいめ、と笑えばナマエはべえ、と舌を出した。

「兄ちゃんはそんなんだからモテねえんだぜ。バレンタイン何ももらえねえだろ」
「うるさイ」

 軽く脳天にチョップすればナマエは大げさに高い悲鳴を上げる。

 はあ、と暗い部屋の中で俺はまたひっそりとため息をこぼした。
 言いたい。本当はもっと来てもいいだとか、自分と揃いにしようと結い上げたその髪だって嬉しいだとか言ってみたい。だがこの口はそうした言葉を飲み込むように閉ざしてしまい、代わりにため息を出すのだった。

  

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