流行り病で長男坊を失ったその屋敷の主人は途方にくれていた。
 病身の妻を案じて娘と息子が一人ずつ生まれたところで止めにしていたし、かかりつけの医師からもあまり無理はさせるなと言われていた。

「娘に家督を継がせるわけにもいきませんのでね……しかし一からまた育てるのもその……大変でしょう」

 妻の診察を終えた医師に、帰り際でそう愚痴を零した。後継がいなくなれば、代わりにほかの家から子供を迎える。珍しい話ではなかったので、主人からすればほんの世間話のつもりだった。
 医師は伏せっていた目を主人に向けると、「私に当てがありますよ」と愛想よく笑った。彼は、同い年の子供たちと比べてかなりの学問があるが、両親を亡くして寄る辺のない子供を預かっているのだという。望むのならば、その子供を養子にゆかせようと主人に提案した。願ってもない話が降ってきた。主人は喜んでそれを受け入れた。

 間も無くその医師とは連絡が取れなくなってしまったー別の土地に行ってしまわれたのだというーが、代わりにとある夜に、彼の養われ子だったという俊國という子供がやってきた。

 主人はそこで初めて知ることになるのだが、その子供、俊國は皮膚の病で日の光を浴びることができなかった。
 ああ、確かに、と主人は子供を観察する。
 夜の帳でよく映える、蝋のような肌に、外をまともに歩いたことのないような小枝のような手足のなんとも頼りないことか。ただ本人も気にしているだろうから、主人は口を噤んで愛想よく笑うだけにした。
 この子供をどうしたものかと将来図を思い浮かべるが、その輪郭すらも描けそうになかった。だが一度顔を合わせてしまったせいで、この子供を突き返すようなことは己の良心が咎めた。とりあえずは彼のことをよく知ってから、その後のことを考えようと、主人は俊國を屋敷に招いた。

 主人に渦巻いていた様々な不安は、俊國と接するうちに雪のようにあっけなく溶けた。むしろ自分でも意外なほど彼を可愛がりだしていた。外国の学問ができた主人は、それを学びたいと申し出た俊國に惜しみなく自分の知識を与えていたのだ。
 妻も娘も楽器に懐いてばかりで、学問には全く興味を示さなかった。その寂しさを慰めたかったのかもしれないし、ただ単にこの子供が、自分の与えた知識をどんどん吸い込んでいく様子が面白かったからかもしれない。どのような理由があろうとも、主人が屋敷で過ごす時間が以前よりも華やかなものになったのには変わりがなかった。

 主人から大層可愛がられていた俊國は、娘や妻からの反感を買うことはなかった。彼は利発そうな顔つきに違わず、その性格も落ち着いていて、こと勉強においては誠実だった。そんな態度がわざわざ彼女たちが噛み付こうとする気を起こさせなかったのだ。そうして彼は徐々にその屋敷の一員として馴染んでいった。

  

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