「あっ、葵先輩!真依せんぱーい!」

 東京高専の入り口で、東堂たちに向かって大きく手を振る小さな影は溌剌とした声をあげた。東堂が先の戦闘で脱いだ上着を着なおす間に、影――ナマエは飼い主を見つけた犬のように駆け寄って「お疲れ様です!」と満面の笑みを浮かべた。

「おうナマエ、誰か通ったか?」

 聞くと、東堂たちと一緒になって歩き出したナマエはぶんぶんと首を振って否定した。

「誰も来ませんでした!他の生徒も呪術師も……」少し気落ちした顔をしたナマエだったが、瞬き一つすると今度は物欲しげな面差しになった。「葵先輩たちはどうでしたか?強い人いましたか?」
「伏黒恵っていたろ?あいつは結構有望株かな。乙骨には劣るが」
「伏黒恵!覚えておきます!」

 脊髄にまでしみわたらせるようにナマエは伏黒恵の名を何度も口にしだした。ナマエは実際に戦った強い相手ならすぐに覚えるのだが、名前だけの人物はあまり興味が持てない分頭に入らないらしい。高田ちゃんの握手会に向かう電車の中で経緯を聞かせてやれば多少は記憶に残るだろうか。

「私の方は……そうね。ナマエ、交流会で茶髪の子に当たったら容赦しちゃ駄目よ」
「真依先輩何かされたんですか!?」
「ナイショ」

 ナマエは今度は釘崎、釘崎と唱えだした。すいっと真依がナマエに近寄って「東堂先輩がさっき言ってたのは?」と尋ねた。ナマエはぎくりと体をこわばらせてから「ふしぐろ……?」と額に冷や汗たっぷり流しながら答えた。

「よくできました」

 真依はその回答に満足げに頷いて、ナマエの前髪をほぐすように撫でた。ナマエは頬を緩めて、機嫌を伺うように東堂を見上げた。その仕草が可愛く思えて、東堂も大きな掌で小さなつむじをかき混ぜた。

「葵先輩、葵先輩」
「ん?」
「京都に帰ったら手合わせしませんか?」
「良いぞ。交流会も近いしな」
「あっ!言いましたからね!約束ですからね!」

「やったー!」とナマエがもろ手を挙げて喜んだ。東堂は最後に任務が入らなかったらな、と付け加えるつもりだったが、ここまで無邪気に喜ぶナマエの姿にその言葉は喉元で留まった。同校の後輩というだけで、どうしてここまで可愛がりたくなるのかは自分でも不思議でたまらない。一つ言えるのは、東堂はこうしたナマエの子供っぽい姿は好きだということ。

 真依の案内のもと、東堂たちは握手会の会場に向かった。電車を待つ間、真依と一緒になって乗り換えナビ系のアプリをいじっていたはずのナマエが「えっ!?」と人目もはばからず悲鳴をあげた。どうしたのかと視線をやると、ナマエがスマートフォンの画面に向かって眉をハの字に下げて悔しそうな面差しをしていた。

「か、霞先輩が五条悟に会ったって……!」

 ナマエが明瞭にその名を口にした。

「あら」
「い、いいなぁ、いいなぁ……五条悟……!会って戦ってほしい……!ってゆーか門で待ってたのに〜!」
「大丈夫、交流会で会えるわよ」

 うちの学長と同伴していた二年の霞がどうやら特級呪術師五条悟と会ったらしい。学長から五条悟は礼儀がなってないだのなんだのと滔々と聞かされているが、その実力はー東堂が聞いた限りの話だがー与えられた階級に恥じないほど高い。強者を非常に好むナマエとしても、合間見えたかったに違いないのだろう。
 ーーああ、だが。

「どうしましたか、東堂先輩」

 ナマエを注視していると、その隣にいた真依が不思議そうに見上げた。

「……なんかそわそわする」
「会場までもう少しですよ」
「そうじゃなくて……」東堂はちらりとナマエを見てから、頭を振った。「いや、なんでもない」

 ナマエが、五条と戦えるとなれば自分と手合わせの約束を取り付けられた時より喜ぶんじゃないのだろうか。そう考えてから、それがどうにも面白くないと思ったなぞ、東堂がナマエ本人を前にして言えるわけがなかった。

「へぇ」

 真依はなおも悔しがるナマエと、黙り込んだ東堂を交互に見てから、納得したように頷き、そして艶やかに微笑んだ。

「私は応援しますよ?東堂先輩」

 オマエ、それは一体どう言う意味でーー東堂が口にした疑問は、定刻通りやってきた電車の音でかき消された。

  

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