――一体何を言っていらっしゃる。
 絶句しながら、ナマエは横目で伏黒と、その向こうの野薔薇の様子を確認すると、彼らもぽかんとした顔をしていた。

「返答次第では今ココで半殺しにして、乙骨……最低でも三年は交流会に引っ張り出す。ちなみに俺はーー」白Tシャツを破り捨て、東堂は腰を落とした。「――身長(タッパ)と尻(ケツ)がデカイ女がタイプです」

 数秒ほど沈黙を保っていた伏黒が、ようやく呆れたように言った。

「なんで初対面のアンタと女の趣味を話さないといけないんですか」
「そうよ」野薔薇は頷いた。「ムッツリにはハードル高いわよ」
「オマエは黙ってろ。ただでさえ意味分かんねー状況が余計ややこしくなる」
「……」

 本当に、訳がわからない。
 呪術師(仲間)であるのに、自分たちを“半殺しにする”と真顔で口にする男が目の前にいるこの状況をどう咀嚼すれば良いのか、ナマエにはわからなかった。隣の真依だって、そんな宣言を平然と聞いている。
 同じ人間なのに、別の生き物が目の前にいるようで気味が悪かった。

「京都三年、東堂葵。自己紹介終わり。これでお友達だな、早く答えろ。男でもいいぞ」

 東堂は続けた。性癖にはソイツの全てが反映される。女の趣味がつまらん奴はソイツ自身もつまらないのだと。そして彼はそんなつまらない男が大嫌いだとも。

「交流会は血沸き肉踊る俺の魂の独壇場。最後の交流会で退屈なんてさせられたら何しでかすか分からんからな。俺なりの優しさだ。今なら半殺しで済む」
「やっぱり半殺しっていってる……」

 目の前の男が言葉を連ねるたびに、その得体のしれなさが浮き彫りになるたびに、背筋がなでられたかのような寒気が走った。力のぶつけ合い、ひいては生死の境界で快楽を見出すなんて、ナマエには全く理解できない世界だ。

「答えろ伏黒。どんな女がタイプだ」
「……別に、好みとかありませんよ。その人に揺るがない人間性があれば、それ以上は何も求めません」

 眉ひとつ動かさずに伏黒は答えた。聞いていた野薔薇が機嫌よく「うん、悪くない答えね」とこくこくと首を縦に振った。「巨乳好きとかぬかしたら私が殺してたわ」「うるせぇ」

「やっぱりだーー」東堂から呪力が膨らんだ。「――退屈だよ。伏黒」
「!」

 身構える暇すらなかった。戦闘態勢に入った東堂を視認した瞬間、ナマエの息は一瞬、止められた。そして晴天が視界いっぱいに広がる。ナマエは先まで溺れていた人のように必死に息継ぎをして、表情を歪めた。獣か何かにでも突進されたかのような鈍い痛みが胸に広がった。「いっづぅ……」

 呪力が通った東堂の重い片腕が、伏黒に振るわれて、隣にいたナマエごと外に投げ飛ばした。ようやくナマエは自分に起こった出来事を理解した。下敷きになりかけながら、無意識のうちに伏黒を受け止めたナマエは、警鐘を鳴らす心臓を落ち着けるように伏黒の肩を持ったまま深呼吸した。

「悪ぃ」
「だぃ、だ、……ッ」ナマエは少し咳き込んでから、頷いた。「ん、大丈夫。とゆうか、やばい、東堂、噂以上」
「……あ、“あの”東堂か」
「そうだよ、絶対そーだよアレ」

 とある噂を、ナマエたちは耳にしていた。
 時は去年の大晦日に遡る。夏油傑なる呪詛師によって起こされた、呪術の聖地・京都と数多の人々が行き交う東京でのテロ、通称「百鬼夜行」。――当時二年だった東堂葵は京都の夜行に現れた一級五体、特級一体を一人で、そして術式未使用で祓ったのだという。

「一目見た時から分かってた。あぁコイツは退屈だと。でも人を見た目だけで判断しちゃあいけないよな」

 脅威ーー東堂が外のナマエたちに足音を立てて近寄ってくる。本能的な恐怖を覚えながら、ナマエたちは彼を睨めつけながら立ち上がった。

「だからわざわざ質問したのに、オマエは俺の優しさを踏みにじったんだ」東堂はいつの間にか流していた涙を拭い、鼻をならした。「もしかして頭の中身までパイナップルなのか?」

 さっきから言ってることがむちゃくちゃすぎる。それに自販機前に置いて行かれた野薔薇が気がかりだ。彼女は呪具を持ってきていなかったし、この調子なら真依が何もしないということはないだろう。伏黒が、太い息をついて何か覚悟したような顔つきで呟いた。

「ーーミョウジ」
「……うん」
「良いんだな?」

 困惑をにじませた声だった。

「良いよ」

 ナマエは少し後悔しているような顔つきをした伏黒に向かって頷き、もう一度言った。

「良いよ」

  

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