寮の門前でたまたま鉢合わせた真希は、ナマエに向かって呆れながら言った。

「まぁたデカイのこさえてきたな」
「あは……ちょっと、苦戦シマシテ……」

 真希の視線に耐え切れずにナマエは顔をそらして目元をキャスケットの庇(ひさし)を下げた。隣の伏黒と野薔薇ーナマエを合わせて一年生三人とも、集合時間ぎりぎりに出るので、大抵寮から出る時間がかぶるのだーからもとても見られている気がして、居心地悪かった。
 真希は鍛錬で使う長物を取りに行く前らしく、手元には何も持っていなかった。

「私たち先にグラウンド行ってますね」
「おう、――あ、いや待て」

と、真希の手が歩き出したナマエの腕を掴んだ。逃がさないという意思を明確に感じつつ、ナマエはたずねた。

「なんですか?」
「ちょうどいいや。お前らちょっと飲みもん買ってこい」

 振り向きざまに見えた彼女は、いじめっ子のような顔で笑っていた。


 呪術高専は設置している自販機が片手で数えられる程度には少ない。ナマエたちは真希と別れてから、グラウンドの一番近くに置かれた自販機に向かった。―ーといっても、わざわざ校舎の一階、つまり玄関まで行くはめになった。
 十分ほどかかるかどうかの距離だが、手間なものは手間だった。心なしかナマエ以外の二人も足取りは重たそうだった。

「自販機もうちょい増やしてくんないかしら」

 野薔薇から受け取った缶をてきとうなビニール袋に詰め込みながら、ナマエは目を伏せて笑った。

「難しいかも」
「無理だろ」

 きっぱりと言い切ったのは伏黒だった。

「や、……学長が衛生的な問題がなんとかって言ってたの聞いた事あるなあ。」
「入れる業者も限られてるしな」
「でもアイスの自販機とかも置いて欲しいよね」

 ナマエの言葉に野薔薇が「わかる」と大きく頷いた。なんとなく想像しただけだが、ナマエの口は自然と冷たいアイスを求め出した。八月に入ってから、息をするだけでも体が重くなるような暑さが続いてるせいだろう。

「聞いたらなんかアイス食べたくなってきたわ。伏黒、ちょっと買ってきなさいよ。私たちはダッツね」
「自分でいけよ」
「私はバニラでお願いしまーす」
「おい」

 ナマエはついおかしくなって「冗談だよ」とにやつきながら言う。これ以上だべっていたら真希たちにおこられてしまうから帰ろうーーそうやって歩き出そうとしたナマエたちに女の声がかかった。

「こんにちわぁ」

 玄関口に立つ男女に、ナマエは目を丸くさせた。「えっ、嘘」

「なんで東京(コッチ)いるんですか、禪院先輩」

 伏黒が女の方に声をかけた。聞いていた野薔薇が視線を伏黒にやった。

「あっ、やっぱり?雰囲気近いわよね。姉妹?」

「うん」と、ナマエはひそめた声で頷いた。

「禪院真依さん。真希さんとは双子らしいよ」
「あぁ……」

 しっとりとした黒髪を首の根元までのばして、ノースリーブの丈のながいワンピースの黒が彼女の大人びた雰囲気とマッチしていた。真希とは別の魅力を醸し出すが、その切れ長の目つきや細眉は二人の血縁を感じさせた。

「コイツらが、乙骨と三年の代打……ね」

 真依の隣にいた男―東堂葵がそう言って、ナマエたちに視線をやった。つま先から頭の上まで、品定めしているようだった。

「……お二人が、どうしてここに?」

 ナマエは伏黒と同じ質問を口にした。
 東堂も、真依も、京都高専の人間だ。ここに来る用事など無いはずなのだ。「簡単なことよ、ナマエちゃん」と真依は機嫌よく言った。

「アナタ達が心配で学長についてきちゃった。同級生が死んだんでしょう?辛かった?それともそうでもなかった?」
「……、何が言いたいんですか?」

 不躾な質問を投げられて、伏黒が訝しげにたずねた。

「いいのよ、言いづらい事ってあるわよね。代わりに言ってあげる。“器”なんて聞こえはいいけど、要は半分呪いの化物でしょ」

 畳み掛けるように真依が続けた。

「――そんな穢らわしい人外が、隣で不躾に“呪術師”を名乗って、虫酸が走っていたのよね?」
「……!」
「死んでせいせいしたんじゃない?」

 と、胸の内で堰き止めていたものが滲み出てしまったような嘲笑を、真依は色の良い唇で浮かべた。

 真依の言葉に思考が追いつかなかった。投げられた言葉に、自分がどのような顔をしたのかわからなかった。怒っていたのかもしれないし、悲しい顔でもしていたのかもしれない。
 ただ、最後には何も知らないくせに、という小さな悪態がナマエの胸中で吐き出された。

「真依、どうでもいい話を広げるな」心底そう思っているように、東堂は言った。「俺はただコイツらが乙骨の代わり足りうるのか、それが知りたい。」

 真依の傍からずいっと巨躯が乗り出した。不穏な雰囲気にナマエは思わず身構えた。

「伏黒……とか言ったか。どんな女がタイプだ」

  

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