「さて」

 五条悟の生得領域に負かされた呪霊は頭部だけとなり、地面に転がされた。五条は呪いの頭を足蹴にしながら、聞いたこともないような低い声で問うた。

「誰に言われてここに来た」

 ナマエは五条がどういう状況で襲われたかわからない。
 ただ、呪霊はなぜか五条の名を知っていた。
 それに、普通呪霊とは人の感情から生まれるものだ。だから人気の多い場所を好み、その場から動きたがらない。だがこの呪霊はわざわざ森林――こんな人がいないような場所で、わざわざ五条を襲ったようだ。
 計画的なものだろうし、誰かに示唆されたという可能性を見いだすのは当然のことだった。
 五条が頭部を転がしながら詰問するが、当の呪霊は頑なに口を開こうとしない。そんな五条の前に矢のようになにかー植物の蔓が棒に螺旋状に巻きついているようなものだーが突き刺さった。

「花!?」

 突き立った場所から花畑が広がっていく。一見して可憐で、絵本から出てきたかのようなのどかな花畑ではある、――がおどろおどろしいほどの呪力が込められていた。ナマエは慌てて周囲を見渡せば、転がされていた火山頭を持って去ろうとする別の呪霊が視界に入った。

「待っーーぅわっ!!?」

 追える、と確信し、踏み出すと同時にナマエは転ばされた。そのまま地から生えた太い蔓はナマエの手足を地面に縫い付けていく。ナマエが身をよじろうと試みた次の瞬間、鬱蒼とした森をうつしていた視界は真っ白に塗りたくられた。
 
「―――っあ“!!」

 眼球に、耐え難いほどの痛みが走る。ナマエの空気を切り裂くような絶叫が、森中にこだました。



「おさわがせしました」
「いやかなり重傷だけどね」
「治ればこっちのものなので」

 ナマエは眼帯越しに右目を突いた。瞬きをするたびにわずかに痛むし、まぶたに痒みがあって、すこし気持ち悪い。
 白い液体――刺激性をもつ樹液を顔面にぶちまけられたナマエは大急ぎでこの救護室に運び込まれ、目を洗浄した。かろうじて片目だけは使い物になりそうだったし、数日もすれば右目も復活するらしいので、そこまで気に病む様子はない。
 ただ、後を追えなかったのは痛手だった。そう言うと、五条と一緒に来ていた虎杖が「俺もあの時捕まっちゃってたから、結局取り逃がしちゃってたよ」と苦い顔のまま笑った。

「呪霊があんなに明確に喋るのも、助け合う様子を見るのも初めてですよ。それになんか強そうだったし……」
「いやあ、楽しくなってきたね」
「五条先生に言った私がばかでした……」

 五条の発言は時々冗談なのかよくわからなくなる。ナマエが口をつぐむと、五条の長い指がついっと虎杖を指した。

「悠仁……っていうか皆にはアレに勝てる位には強くなってほしいんだよね」
「アレにかぁ!!」
「目標は具体的な方がいいでしょ。いやー連れてきてよかったー」
「いや何が何だか分かんなかったんだけど」

 マジかこの人と、さすがの虎杖も五条の言動に翻弄されているようだった。わかる、と隣でナマエは赤べこのように頷いた。

「目標を設定したら後はひたすら駆け上がるだけ。ちょっと予定早めてこれから一月映画観て僕と戦ってをくり返す」
「先生と!?」地下の部屋、三人だけの空間で虎杖の声が響く。「一ヶ月後俺生きてるかなぁ」
「その後は実践。重めの任務をいくつかこなしてもらう。基礎とその応用をしっかり身につけて、交流会でお披露目といこうか」
「はい先生!!」

 気を取り直したらしい虎杖が、少年らしく元気良く手を挙げた。五条も「はい悠仁君!!」と乗り気でさした。

「交流会って何?」
「……言ってなかったっけ?」

 どうやら五条の中で話はついていたらしいが、虎杖には共有していなかったらしい。ナマエは苦笑した。

「先生そういうとこありますよね」
「まあ、僕これから用事あるし、あとの説明はナマエシクヨロ!」
「えぇぇ……わかりました」
「というか、なんか他人事みたいな顔してるけど、君もみっちり鍛えるから」
「……私、先輩とも鍛錬してるんですけどー」
「んー、まあこういうのって回数重ねた方がいーの」

「ねっ」と言い聞かせるようにナマエの頭を二度撫でてから、五条は部屋から去っていった。ナマエはため息をついて、それから頭を抱えた。「一ヶ月後私生きてるかなぁ」「頑張ろうぜ」

  

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