「どこ!?ねぇここどこ!?」
「先生!!!本当!ほんとに意味わかんないんですけど!!」

 先まで高専の地下にいたナマエたちは、湖上にいた。それは比喩でもなんでもなく、文字通り湖のど真ん中の上に立っていた。ナマエを小脇に抱えて、片方の手では虎杖を子猫でもつまみ上げるように持った五条は、目の前の呪霊ーしかも、受肉した宿儺なんて鼻で笑ってしまえるほど、体に収まっている呪力の量は凄まじいーに向かってナマエを顎で示した。

「見学の虎杖悠仁君とミョウジナマエちゃんです」
「富士山!!頭富士山!!」
「いや嘘でしょ先生!?」

 のんきに自分たちの身元を紹介してどうするのだ。ゆっくりと湖上に足をつけると、五条の呪術のおかげでナマエたちも水の上に立てた。

「先生俺ら10秒位前まで高専いたよね?」どーなってんの?と首をかしげる虎杖に五条は少しも考える風情を見せずに「んートんだの」と返した。
 虎杖の言う通り頭部が火山になっている呪霊が訝しげに口を開いた。

「なんだそのガキは。盾か?」
「!」

 ナマエは瞠目した。幼い頃から呪いをみたことはあるが、ここまで明瞭に言葉を連ねている呪霊は初めてみた。五条は特別驚くふうでもなく、違う違う、と手を振って否定した。

「言ったでしょ、見学だって」不思議そうに周囲を見回す虎杖の肩に手を置いた。「今この子に色々教えてる最中でね、ま、君は気にせずに戦ってよ」
「自ら足手纏いを連れてくるとは愚かだな」
「大丈夫でしょ」己を嘲笑する呪霊に対して、五条はせせら笑った。「だって君弱いもん」
「ひっ……!」

 呪霊の呪力が瞬間湯沸かし器のように吹き出してくる。ナマエは喉を引きつらせて、五条の背後に下がった。

「なめるなよ小童が!!!そのニヤケ面ごと飲み込んでくれるわ!!!」

 この瞳で見なくともわかる、皮膚を裂くような勢いが目の前にまで迫って、ナマエはただただ恐怖した。
 ナマエの肩を抱き込むように、背後から五条の腕がまわった。「大丈夫。僕から離れないでね」

「領域展開!!」

 ナマエの目が赤い光で眩んだ。瞳をかばうようにしながら周囲を見渡せば、あたり一面岩――しかも隙間からマグマが吹きこぼれていた。頭上は蓋をされたように真っ暗だった。

「なっ……!!なんだよこれ!!」
「これが『領域展開』」

 ――術式を付与した生得領域を呪力で周囲に構築する。呪術を扱う人間ならば誰もが習得せんと焦がれる、呪術の極地だ。五条は弱いと評したが(実際、彼にとってはそうかもしれないが)、隙の見えない、洗練された領域はこの呪霊の実力を物語っている。

「君達が少年院で体験したのは術式の付与されていない未完成の領域だ。ちゃんとした領域なら、一年全員死んでたよ。恵は分かってたんじゃないかな」
「不幸中の幸いみたいな!?アッツい!」
「だね」

 その場にいるだけで、皮膚がただれそうになるくらいにはあつい。不安定な足場と、ひびからとめどなく流れるマグマにナマエたちが難儀する間も、五条は涼しい表情のまま続けた。

「領域を広げるのは滅茶苦茶呪力を消費するけど、それだけに利点もある。一つは環境要因によるステータス上昇、ゲームのバフみたいなもんだね」
「簡単に言いますね……!」

 ナマエが苦笑しながら頭を上げると五条の肩越しに岩――呪霊の術式がきっちりと見えたーが迫るのが見えた。「先生前!」

「もう一つ」難なく岩を砕いて見せた五条は続けた。「領域内で発動された術式は絶対当たる」
「絶対!?」
「ずぇ〜ったい」

 教室の壇上にいるように、五条は「でも安心して」とナマエたちに向けて人差し指を立てた。

「対処法もいくつかある。今みたいに呪術で受けるか……これはあまりオススメしないけど、領域外に逃げる」五条はナマエに向けて、にんまりと笑った。「大抵無理だけど、ナマエはできるかもね。いま逃げてみる?」
「嫌ですよ!!絶対!!」
「冗談だよ、冗談」

 やれと言われればやってみはみるが、正直いまこの状況で五条から離れるのはあまりにもリスクが高い。五条の庇護下にいなければこの場にいるだけでも焼き切れてもおかしくはないと思う。

「そして」
「貴様の無限とやらもより濃い領域で中和してしまえば儂の術も当たるのだろう?」

 呪霊の言葉に五条は「うん。当たるよ」と首肯した。
 無限は、五条の術式の名前だ。呪術師は術式の説明をすることで、“縛り”が生じ、さらに呪術の威力をあげる。きっと五条もこの呪霊に対して、それを適応したのだろう。
 それでもナマエたちをここまで連れてくるまでに五体満足で生き残っていた、ということは、この呪霊の階級は一級をゆうに飛んで特級にもなるのだろう。

「領域に対する最も有効な手段。こっちも領域を展開する」五条は目隠しを下ろした。「同時に領域が展開された時、より洗練された術がその場を制するんだ。相性とか呪力量にもよるけど」

 呪霊が叫んだ。

「灰すらも残さんぞ!!五条悟!!!」

「領域展開――無量空処」

  

×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -