ナマエが救急箱を取りに行き、折り返し部屋に戻った時には虎杖はすでに映画鑑賞―もとい、呪力コントロールの練習を始めていた。さっきまでソファのど真ん中で座り込んでいたのに、今度は律儀に端に寄って、ナマエが座るスペースを作っていた。
 ナマエは無言で氷嚢を虎杖の手に持たせた。一瞬、肩が跳ねたがクマは眠ったままだ。

「これで腫れたとこ冷やして」
「ん」
「ちょっと消毒するから」

 断りを入れてから簡単な治療を行っていく。

「口の中は切れてない?」
「だいじょーぶ」

 その間も多少痛みで眉をしかめることはあれど、呪骸に流す呪力はブレがなかった。飲み込みが早い。ただ、ナマエは別のことも気になった。

「ねえ、虎杖君。もしかして指食べた?」
「指ぃ?」
「うん。なんか前よりも宿儺の呪力が濃い」
「あー、前の任務んときに宿儺と代わったんだけどさ、その時にもう一本食べた……らしい?そのへんの記憶曖昧なんだよなぁ」

 ポテチをぱりぽりと食べながらなんでもないような顔で虎杖は言った。
 前の任務、つまり虎杖が書類上死んだ任務のことだ。
 虎杖曰く、そもそもそこに出現した呪いが特級になってしまったのは、宿儺の指を取り込んだせいなのだという。そして、その呪いと交戦する際に宿儺と代わった。――そこまではいいものの、結局戻れずに、その特級が持っていた指を食べるわ、心臓を抜き取られたりしたのだと。
「思ったより、やばかった……」とナマエは思わず眉をひそめてしまう。

「食べちゃったの、けっこう大変なことじゃない?」
「そうかなあ」

 テレビに視線を向けたまま、手に付いた塩を舐めながら虎杖は言った。「まだ三本目じゃん。今も何にもないし」
「うーん……」

 ナマエは不躾な視線を虎杖の体に向けた。主に上半身の真ん中、宿儺の反転術式により治された心臓だ。

 呪霊――呪いを使役する術師はもちろん存在する。飼いならすのは用意ではないし、呪いと結んだ“縛り”ーーいうなれば誓約あるいは契約の条件以上の内容を求めたり、破ったりすれば当然何かしらのペナルティが発生する。
 今回、虎杖が宿儺と代われなかったのは特級と対抗する力を宿儺(呪い)に強く求めたせいだろう。ナマエの仮説だが、虎杖に力という利益が生じるほど、宿儺に体の支配権が渡り易くなったのだと思う。
 つまり、また虎杖に体の支配権を受け渡したり、心臓を治すためには改めて宿儺と“縛り”を設ける必要があるのだ。

 ナマエの脳裏には受肉の開口一番に女子供皆殺し宣言をした“あの”宿儺がよぎる。魂を二十に切り分けた呪いの王が、その三つ分を宿した器―そして、それがたとえ千年見つからなかった逸材としてもーを助けるべくわざわざ治してやろうとする姿がどうしても想像できない。

 復活する前に、宿儺と何か契約したかどうか聞くと「先生にもおんなじこと聞かれたけど、全然思い出せないんだよな」と首を傾げられて、ナマエの背筋にひやりとした感覚がはしった。

 彼に宿る宿儺の魂の数が増えても、彼は果たしてきちんともどってこられるのだろうか。

「ミョウジ、体調悪い?コーラ飲む?」
「いや、あー、うん。ありがとう」差し出されたコップを受け取って、ナマエが曖昧に笑った。「……虎杖くんは、また死んじゃうかもとか、考えない?怖くない?やめたりしたくない?」
「……こぇぇよ。そんなもん」

 虎杖は口でへの字をかいて、眉を下げた。「でも人っていつかはマジで死ぬじゃん。だから死に様は自分で決めたいから、やめないよ」

 どこかで、同じ話を聞いた。確かその時も、虎杖がそんな話をしていた。
 そう、確か特級呪物を取りに行った時、虎杖と初めて出会った時だ。
 当時通っていた高校の先輩の命を救った彼は、彼らには正しく死んで欲しい、そんなことを言っていた気がする。それは自分にも該当することなのかもしれない。

「虎杖君の正しい死って、なに?」
「とにかくいっぱい人助けて、んで、いっぱいの人に囲まれて死ぬ」
「……マジで思ってる?」
「マジだよ。じいちゃんの遺言なんでね」虎杖は笑った。「この前の件で強くねえとそれも叶わんってことがわかった。強くなるためにも五条先生にみっちり鍛えてもらう」

 宿儺の器となって、死ぬ。それが彼の最終的な目的なのだと言ってるのだろうか。
 急にしょっぱい気持ちになって、ナマエは小さく「そっかあ」とつぶやいて、コーラをちびりと飲んだ。

「俺も聞きたかったんだけど、オマエはなんで呪術師になったの?」冷やしていた頬に触れて、顔をわずかにしかめた虎杖は続けた。「なんというか、命のやり取りするような人間には見えなくて」
「私?」

 ナマエはガラスの淵に唇をあてがいながら、すこし考えるようなそぶりをみせた。

「んー……私にはここが一番肌に合ってると思ったから、かなあ」

 高専に入る前にも、この話を夜蛾にしたことがあった。
 呪術師は生死の境界上を進まなくてはいけない。だからなりたいのならば、自分のためになれ、と彼はよく口にしていた。もちろんナマエにも同じことを言った。ナマエは、理由に関してさほど悩むことはなかった。

「呪いって、見えちゃってる時点で切っても切れない関係なんだよね。ここなら自分の身も守れるし、守ってくれる人がいる。すごく安心できるの」
「あー、そういうのもあんのか」
「うん」

 ナマエがにこり、と笑ったところでテレビから大きな爆発音が響いた。瞬間、赤の閃光が虎杖の頬めがけて飛び出し、大きな悲鳴が上がった。「もう一回かよ!!」「頑張ろ」


 話込んでいたので映画の内容は頭に入っていなかった。なので巻き戻してもう一回観直した。ちょうど終盤も終盤で、残り時間は十分にも満たないところで相棒のような人が死んでしまった主人公を抱いて、嘆き悲しんでいるシーンに入った。

「悠仁、ナマエ」
「!」
「五条先生!?用事は!?」

「出かけるよ、悠仁、ナマエ」降ってきた声に揃って肩を跳ねさせたナマエたちに、五条は手招きした。

「課外授業、呪術戦の頂点。『領域展開』について教えてあげる」

  

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