発掘現場深層部に出現した叫竜を殲滅せよ−それが入隊式を終えた十三部隊が本部から初めて下された命令だった。
 初実戦であることと考慮され、倒すべき叫竜はそこまで手強いものではなかった。しかし、予想外の事態、また一部操縦者の不調により出撃していた三機全てが危機的状況に陥ってしまう。
 ブリーフィングルームから現場を見守っていたゼロツーは、自前のFRANXX(フランクス)であるストレリチアの出撃を要請。それを受けて諸事情でブリーフィングルームに残っていた雄式(ステイメン)−ミツルと共に出撃することになった。

 ストレリチアの猛威はとどまることを知らない。
 ストレリチア−否、“ゼロツーを”乗せたストレリチアはたしかに暴風のごとき斬撃で、叫竜の肉体を貫き、排除していった。
 返り血で鋼鉄の乙女が青に染めあがるにつれて、操縦者であるゼロツーは、パートナーのミツルの生命を貪っていった。彼という個の血と、肉と、魂を、無慈悲に、罪悪感なく吸い上げていった。
 死線をさまよっていた三機全て、戦線から退避させることができた後も彼女の一方的な生命の搾取は、限界間際まで止まることはなかった。

 簡単な治療をしてから、報告書を提出する。操縦者としての仕事から解放された自室へ向かうゼロツーの足取りは軽やかだった。先の作戦で虫の息となったパートナーの存在など、彼女は頭の隅にすら残していないのだ。

 そもそも、ミツルとストレリチアに搭乗するのは不本意だった。ゼロツーは十三都市で出会ったヒロと共に乗りたかったのだ。
 彼はゼロツーの頭部に生えた二本の赤い角を見ても嫌悪感を抱かず、またどこかゼロツーと似ている節があった。そんな彼とストレリチアで心を合わせるのは非常に心地がよく、ゼロツーは「ダーリン」と彼を呼び、寄り添う相手として定めていた。

 ブリーフィングルームにはヒロもいたが、正式な雄式(ステイメン)でない彼は搭乗することが許されていなかった。なのでゼロツーは操縦者の世話係のナナを説得して、ヒロと共に乗るつもりだった。
 そんな彼女がミツルとロボットに乗ったのは、ヒロたっての願いだからというのに他ならない。
 正式な雄式ではないヒロは、ナナを説得するのではなく、ゼロツーに懇願したのだ。『頼む』と震えた声で、他の男と乗って、部隊にいる友人たちを救ってくれと。
 彼が言うのならば、とゼロツーは彼の友人たちを救った。ヒロの選択に、不満が無かったといえば嘘になる。

 嫌なことは連続して起こった。
 先の作戦を終えると管理官のナナ達に呼び出された。今回のゼロツーの行動について―ミツルを満身創痍にした件だ―の辛辣な言葉が投げられる。ゼロツーは彼女たちの態度が腹に据えかねた。
 ゼロツーが部外者であるという点だけであれば、納得できた。
 だが、違うのだ。
 ゼロツーと関わる人間は、大抵その目の奥に嫌悪の色がさしこんでいた。檻の外から牙を抜かれた獣を眺めるかのような、冷えた眼差しを、オトナも、コドモも、パートナーですらも、彼女に向けた。
 もちろんパートナー殺しという異名を持つほど、スナック感覚で同乗する雄式を消費するから、というのもある。が、それだけではなかった。
 大きな原因は、彼女の流れる血にあった。
 彼女には、人類を襲う強大な生物ー叫竜の血が流れている。それにより、ゼロツーは異分子として分けられ、更には警戒、嫌悪、恐怖など、さまざまな負の感情をぶつけられる。
 叫竜の血を流れる彼女は人間とはいえない何かである。彼らは言葉と態度でそう物語るのだ。
 ナナたちも同じだ。彼女達の言葉の棘は、ゼロツーが部外者であることと、その血に混ざる仇敵を厭う気持ちから生じたものである。そう確信して、ゼロツーは噛み付き、吠えたい衝動に駆られた。
 ボクは人間だ。

 作戦前後の記憶を思い返して、じりじりと目の奥から火傷したかのような痺れが走る。廊下に響いていた軽やかなヒールの音は、一転して耳をつんざかせるような荒々しいものとなっていた。

 自室の扉をくぐり、思わず足を止めた。蜂蜜の歯が溶けそうになるほど甘ったるい匂いがした。瞼を下ろして胸いっぱいに吸い込んでいると、誰かが背後から近づいてくる気配を感じた。
「ああ、おかえり?ゼロツー」
 落ち着いた声がゼロツーの耳朶を打つ。
 振り向けばパラサイト管理官のナナと揃いの制服―スカートの丈は膝ほどで、ふわりと柔らかさそうな素材だ―を着たコドモ、ナマエが不思議そうにゼロツーを見つめていた。
「うん。ただいま、ナマエ」ゼロツーが部屋に引き込むようにナマエの首を抱いた。「どこに行ってたの?」
 首を傾げながら、ナマエのネクタイを我が物顔で解いていき、探りだしたチャックを鎖骨が見えるところまで下ろした。ナマエは落ち着いた眼差しで少女の侵略を認めつつ、されるがままだった。
「病院に顔を出してきた。君は十三部隊の作戦に出ていたと聞いていたが…怪我は?」
「無いよ」
 ゼロツーはナマエの首元に顔を埋めて、すん、と音を立てて嗅いだ。同時にナマエの肩が震えたが、そのまま「そうか」と明瞭に頷いた。
「コード三二六が負傷していたと聞いていたから、てっきり君も病院にいるのかと思ってた」
「ボクを迎えに来てくれたんだ?」
 蜂蜜の匂いの中に紛れた、ガムシロップのようにほのかに甘い体臭に酔う。喉元にわだかまっていたものが下がっていくのを感じながら、ゼロツーは訊ねた。
「当たり前だろう。私は君の監視官なのだから」

 コドモであるのにオトナと同じ、あるいはそれ以上の権限を持つゼロツーは特別扱い(イレギュラー)な存在であるが、このナマエも他のコドモとは異なる肩書きと権限を有していた。
 監視官、とナマエは言うがそこまで仰々しい役職でもない。簡単に言えばゼロツーのお目付役なのだ。

 ゼロツーにも、操縦者を養育する施設に入っていた時期があった。ゼロツーが一人でもFRANXXに乗ることができる体質だと暴かれるまでの、ごくわずかな間。その期間にナマエをいたく気に入ったゼロツーは、ナマエがいなければとストレリチアに乗らないとまで豪語して、彼女を現在の籍に置かせた。

 普段からゼロツーと同じ部屋にしたり、移動するときは近くにいるが、基本的に雑務を任されている。

「ナマエ個人はボクを心配してくれなかったのかな」
 わざとらしく呟けば、ナマエの喉から何かが詰まった音がした。
 何回もやっているやりとりなのに、建前をやめさせようとすればナマエは必ず緊張する。言葉を選ぶこの間にも、ごつごつと心臓がうるさく拍動している。まるでゼロツーと話すのを恐れているように思えた。
 きっと、いま頭をあげれば何にもないような涼しい顔をしているだろう。しかし体はこんなに雄弁に彼女の心を物語る。
 キミはボクをどう思ってるのかな。好き?嫌い?怖い?逃げたいかな。
 なんて聞いてしまえば、更にこの拍動は可哀想なくらい激しくなるだろう。
「それは、もちろん。友人として、君の安否は心配していた」
「ふーん」
 ゼロツーはつめ先でいじっていたチャックを下ろしていく。ナマエは腕を下ろしたまま、抵抗という抵抗をみせる様子をみせない。
 堪えるように拳を握り、ゼロツーを見下ろす。嫌悪の色はなく、ただ、これより行われる行為への不安はあるようだった。

 チャックを更に下ろせばナマエの前は完全に露わになる。検分するようにゼロツーが襟の隙間から鎖骨の窪みを撫でていった。ナマエの体は暖かく、ゼロツーの手のひらに吸い付くようだった。
 肋骨のあたりから背中までぐるりと手を滑らせる。まだ服で隠されている背面は湿っていて、もっと熱かった。
「ぅ、あっ」
 粟立った背中を探るように手を擦れば、ナマエの口から籠った声が漏れ、その腰は逃げを打つように跳ねた。
 足をふらつかせながらも、ナマエは顔を伏せて、ゼロツーから離れるように後退する。ゼロツーにそのまま肩を押されて、壁に押しやられたが、手の休まったのをいいことに、熱の籠ったため息をつく。
 ゼロツーはその間もナマエから目を離さず、乾いた唇をなめた。
「……君は、脱がないのか」
「ん、どうして?」
 ゼロツーは覗き込むように首を傾げて、無邪気な笑みを形のいい唇で浮かべた。
「捕食者は服なんか脱がないだろ」
 これは八つ当たりだ。ナマエはゼロツーに対して何もしていない。ただ、ゼロツーが日々の生活の中に堪えきれないほどのストレスがかかっては、ナマエに触れて、舐めて、許されて、安堵を覚える。
 合意を得たことはほとんどない。初犯の時点でナマエが拒もうとはしなかったので、ゼロツーは貪婪に彼女を貪る行為を繰り返していた。

 ナマエは落ち着いた表情を保つように口で直線を引くように結んだ。しかし頬は林檎のように赤く、触れればやはり熱い。
「逃げちゃ駄目だよ」
 頬と同じく赤らんだナマエの唇を舌で真っ直ぐなぞり、何度か啄むと、ナマエが瞠目し、身を引いた。下ろしていた腕を上げて、ゼロツーの肩を押し返そうとする。
 ゼロツーはナマエの喉に手をかけた。柔らかな肌の向こう−弾力のある管を押しつぶすように、ゼロツーは親指にだけ力を入れる。
「っん、ぐ……!」
 ナマエの体がこわばったと同時に歪な声色で喘いだ。
 血の流れが滞ることにより、ナマエの視界が真っ白になっていく。自然と息を求めるように口が無防備にかぱりと開き、また堪えるように閉じるを繰り返す。苦痛で仕方がないといわんばかりに真っ赤な顔をしたナマエの眉間には皺が刻まれていた。
「やぁ、め…っ…」
 ゼロツーの腕を剥がそうと試みるナマエの手は、痙攣し、力が抜けている。添えるだけの形になっているナマエの手は、ゼロツーからすればもっとしめて、とねだっているようにも見えた。
「んー!」
 ゼロツーは喉から手を離して、そのまま顔を寄せた。ナマエが後退しようとするが、背中にある壁に邪魔をされる。そして晒されたままの舌を食むように、口をさらに開かせるようにナマエの口内を蹂躙していく。
 柔らかい口腔の組織を吸えば、とめどなく分泌される唾液によりぐちゅりと水音が立った。その度にナマエの身体が痙攣して、弱々しくゼロツーの腕を掴んだ。
 わずかな抵抗を感じると、ゼロツーの身体の芯が温まり始めて、脳内が蕩けそうになった。気持ちが昂ぶる。今、ゼロツーは興奮しているともいえるが、この高揚は獣のように獰猛なものではなく、ゆっくりと今の状況を堪能したい……とどこか余裕のある、不思議なものだった。
 満足げな表情を浮かべたゼロツーはナマエの口の端から垂れる唾液を拭う。
 ナマエは解放された緩みでそのまま膝から崩れ落ちかけたが、ゼロツーが足の間に脚を差し込んでから、ナマエのぐったりとした上半身を自分に乗り上げさせるように受け止めた。
「き、み、君って、は、ぁ、ひど、」
 肩で懸命に息をしながらナマエはゼロツーをねめつけた。
「ごめんごめん」
「ごめん、で、済ますな」
 苦しかったんだから、とぽす、とゼロツーの背中を力なく叩く。ゼロツーはなだめるように背中を撫でた。

 ひったりと密着すると、ナマエの体温を服越しに感じた。ゼロツーは満たされた気持ちになり、ゼロツーは自然と自分の口角が上がるのを感じた。
 肩で息をしているナマエとは対照的に、至って落ち着いた様子で、ゆっくりと嘆息した。
「ここに来る前はギスギスしてたけど、ナマエの顔見て安心したな」
「君が、か?」
 ナマエが目を丸くさせた。
「そうそう。今日はダーリンが一緒に乗ってくれなかったんだ。それに管理官たちも色々言われちゃってさー……」
 抱きとめたナマエの肩に埋めて、ゼロツーは拗ねた子供のように背中を丸めて頭を下ろす。やはり思い返しても腹の中が煮えくり返りそうだった。
「んん……」
 ゼロツーの呼気と、桃色の髪とがナマエの素肌をくすぐって、こぼれそうになる声を抑えた。ナマエは深く息をついて、冷静を保とうと努める。
「コード一六は正式な雄式(ステイメン)ではないから、仕方のないことだ。それに、彼女たちは君の中に流れてる血を警戒せざるを得ない。コドモが大事だから」
「ナマエ……」
 言葉だけ受け取ろうとすれば、ゼロツーはすぐに反駁しただろう。しかしゼロツーは何も額を頭部に押し付けた。自分の背中を撫でるナマエの手が震えていたからだ。
 彼女もゼロツーをそう思っていて、勘付かれるか怯えているのか、それとも怒ってくれているのか。ゼロツーには分からなかった。
「オトナの世界ってやだな」ゼロツーは擦り寄るようにナマエの背中に腕を回した。「思わずダーリンと外に出ちゃおうかって話持ちかけちゃった」
 低く潜めるような声だった。ナマエははっとして、ゼロツーを見下ろした。
「君、まさか街に彼を、っん」
 言い終わる前に、ナマエが揺れた視界と下肢に走った淡い刺激に口をつぐむ。視線をおろせばゼロツーの脚を挟むように乗せられた己の下半身があった。ナマエはようやく己の体勢を把握して、君、揺らしたなと文句を言うようにゼロツーの背を叩いた。
「きちんと、人の話を聞いっ、あ」
「うんうん」
 今度は首筋を舐めた。途端に落ち着いていた温度が上がり、ナマエの肌に朱色が落ちる。
「君は、人の話を聞かずに揺らしたり舐めたりして!」
「ナマエが好きだからさ」
「街にコドモを連れてくのは重大な規約違反で……何?」
 抗議せんとばかりに背中を叩いていたナマエの手が不意に止まる。

「ナマエもボクのこと好きだろ」
 語尾を上げて尋ねたが、ナマエは貝のように口を閉ざしてしまう。
 バクバクとナマエの心臓が煩わしいほどうるさい。ゼロツーはナマエにはっきりと答えて欲しかった。ナマエは自分に対してどのような想いを抱いているのか。
 そりゃ一緒に連れ添って数年の仲だ。ある程度の趣味嗜好だってわかる。ただ、その期間、ナマエは自分からゼロツーにアクションを起こすことは滅多になく、ただただ行為を受容するだけだった。ゼロツーに対してどう思ってるかなんて分からない。
 拒絶も嫌悪や警戒がないーゼロツーが周りから見せられたことのない表情をする彼女の真意はなんなのか。ただ疑問しかなかった。
「また窒息してみる?」
「こ、今度は逃げてないのに」
 鼓動が小動物のように速くなる。このままいじめてしまうと、内側からひび割れて、壊れてしまいそうな調子だった。あまりにもこの生き物が可哀想になって、ゼロツーはこの貝を叩き割るのは止めることにした。「冗談だよ」とぺろりと舌を出してみせる。
「でも今から言うのは本当に提案なんだけどさ」
 ゼロツーが囁いた。
「キミもボクたちと一緒にここから出ようって言ったらどうする」

「……ゼロツー」
 脱力していたナマエの上半身が、急に芯が入ったかのように持ち上げられる。熱帯びて潤んだ瞳と目があって、ゼロツーはごくりと唾を飲みこんだ。
「君は、酷いな」
 ナマエがゼロツーの角を撫でて、音を立てて口付けた。
「私、は君だけと一緒にいたいのに、君はそんな選択肢しか用意してくれないのか」
 ゼロツーは改めて自分の問いを思い返す。あの問いにはいと答えればヒロとゼロツー、そしてナマエの三人で。いいえと答えればゼロツーとヒロだけで、外に出ることになる。

「ああ、キミは――」
 ナマエは酷いと言いつつも、そんな選択肢を出す自分が嫌いでは、ないのだ。ゼロツーに角に口吻を落とした唇は震えていたが、慰撫した指先は確かにゼロツーを愛おしむものだった。
「――難儀な子だな」
 ナマエはゼロツーが好きなのだ。ナマエもゼロツーから拒まれるのが多分、嫌なのだろう。受容することで繋がりを保ちたかったのだ。
 ただ、彼女も人間だ。意思のない人形ではないから、受容しかねる選択肢もある。彼女はそれに「酷い」とだけ言って、答えは出さず、保留した。
 ――なるほど、案外愛されてるじゃないか、ボク。
 ゼロツーは再びナマエの首筋に舌を這わせた。溶かしすぎたガムシロップのようにほんのりと甘さを感じる。物足りなさを補うようにゼロツーは再びナマエを貪らんと柔らかな肌に硬質な歯を突き立てた。

  

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