東京とは遠く離れた場所から来たという釘崎野薔薇は、ナマエにとって初めて同年代の女性呪術師だった。仲良くできるといいな、という期待に胸を膨らませて、ナマエは明るく笑った。
「初めまして、ミョウジナマエです!出身は東京、最寄りの駅は……」
「……」
「ええっと……?」
目の前の彼女から言葉はない。野薔薇はそのまま鼻の頭にしわをつくってナマエを睨めつけるので、ナマエはキャスケットのつばを下げてから、「よろしくね」と幾分か小さくなった声で締めた。
野薔薇とナマエのファーストコンタクトはそんな気まずいままで終わった。同世代で、同性の人間とあまり仲良くなったことがないナマエはこのままで良いのか、と思いつつ、時に流されるがままだった。
ときおり話すことはあれど、お互い当たり障りもなく接し、近寄ることも遠ざかることもなかった。
「はー、生き返る……」
ドラッグストアに入ってからの野薔薇の一声にナマエは思わず「だねー」と笑った。
ナマエは日焼け止めやスキンケアを買いに行きたいので案内してほしいと頼まれたため、二人で此処まで来た。デパコスが良いなら別の場所を、とナマエが提案すると、昨日のうちに服を買ってしまったせいで手持ちが乏しいらしく、次の給料日までの繋ぎのものを買いたいのだという。
ナマエは昨日のうちにいろいろ買ったので、主に伏黒や先輩に向けて適当にお菓子やら飲み物やらでカゴの中身を埋めていく。
「あとは髪染め欲しい」
「あ、やっぱ染めてるんだ」
「そうよ」野薔薇がナマエを見遣った。頭の動きで、蜜柑色の髪が揺れた。「というかアンタは染めないの?」
ぱっちりと音がなるのではないかと思うほど綺麗に視線が交わって、ナマエは思わず目を逸らした。自分の目をまじまじと見られるのも苦手だったし、野薔薇の目を見ると、初対面時のあの刺々しい空気を思い出してどうにも気まずくなるのだ。
「ん、私はいいかな」
「……あそ」
野薔薇が陳列棚に視線を戻して、「あのさ」と再び口を開いた。
「昨日の夜、何処行ってたの」
「昨日の夜?」
鸚鵡返しをしながら、ナマエは内心気が気でなかった。昨日の夜は虎杖軟禁――もとい、保護の準備のために五条とドライバーの伊地知とともに買い物に繰り出していた。
口外禁止となんども言われていたことを思い出し、ナマエは無意識に口元を隠していた。
「んーと、買い物に行ってたよ」
「ああ、だから部屋にいなかったの」
「なにか用事あった?」
「あったも、なにも」整ったつめ先で、野薔薇は髪染めのパッケージをつついた。「“アイツ”のこと、聞いてる?」
アイツ、と言われて聞き返すほどナマエは鈍くない。十中八九虎杖のことだ。
昨日だけで驚きの展開が連続していたため忘れそうになるが、周囲の中の虎杖は死んだままだ。今日会った野薔薇たちは虎杖が死んだことへの感情をおくびにもださず、むしろナマエと同じく昨日から転がされていたのか、少し殺気立った様子で打倒パンダと掲げていた。
空元気なのか、彼女たちの中の虎杖がそんな軽い存在だったのかわからなかった。だけどいちいち掘り起こすのも無粋だと思ったから、ナマエはあえて触れないでいたのだが、聞かれてしまったからには答えるしかない。
「うん。聞いた。任務から帰ってきた時に」
「……なんだ。案外落ち着いてんのね」
野薔薇が意外そうに言った。その言葉に罪悪感でぎゅう、と胸が締め付けられた。
「あの、……ごめん。もしかして心配かけちゃった?」
「そうよ。あと先輩からアンタの様子聞かされたのよ。『べそべそ泣いちゃってるから慰めてやってくれ』なんて」
泣いてない、と反論しようにも、うじうじしていたのは本当だったのでナマエの頬はカッと赤くなった。
「ったく、そんなに気にすんなら手前でやれって話なのよね」
「……そっか。手間かけさせちゃってごめんね。私は昨日休ませてもらった分整理ついたから大丈夫。でも野薔薇ちゃんたちの方が、その……」
「『長生きしろよ』」
野薔薇は指で髪を巻きつけながら口を尖らせた。
「アイツが死に際にそう言ったんだって。アンタにも、伏黒にも、たかだか二週間の付き合いの私にも向けてね。しかも自分は死んで、ほんとどうしようもない」
野薔薇はパッケージを握りしめた。指先がわずかに震えていたのを、ナマエは視界の端で捉えた。
「でも、そう。そうしないとなんにもできないし。私は今ここでうじうじしちゃダメなのよ。もっと強くなんなきゃいけない」
力強い響きをもたせた言葉に、ナマエは自然と惹かれる自分がいることに気がついた。そして「野薔薇ちゃんはすごいね」というと、呆れたように「他人事じゃねえっつうの」と頬を突かれた。