「ナマエは今日からだし、もう一回言っとくわ」

 この呪術高専の二年生である禪院真希は、竹製の棒―長さは真希の首元にまで達しており、両端は白い革でまとまっているーでナマエたち一年生を指した。

 ナマエたちには、一月半後に行われる、京都姉妹校交流会に出て欲しいのだという。
 呪術高専は東京だけでなく、呪術の聖地である京都にもある(生徒数が少ないのになぜ二校に分かれたかといえば、リスク分散の面もあるが、拠点を西日本圏と東日本圏で分けて、効率良く活動するためだと思われる)。姉妹校で交流、という響きは良いが、蓋を開ければなんでもアリの呪術師同士の乱闘大会、あるいは呪術合戦ー念のため足しておくが、殺しは無いーだ。
 基本的には一年生は応援で四年生は不参加だ。なので二、三年生がメインのイベントであり。
 それでもナマエたちが出なくてはいけないのは、三年生が現在停学中のため、人数合わせのためだという。
 ナマエの顔は途端に渋くなる。

「対人苦手なんだよなあ……」
「だから鍛えてやんだよ」真希がにんまりと勝気な笑みを浮かべた。「まずは私らから一本取れ」


 陽の光をたっぷりと蓄えた空気は生ぬるく、目をくらませる日差しは煩わしいことこの上なかった。ナマエはキャスケットのつばをあげて、深呼吸をした。目の前の真希と同じく二年生であるパンダー文字通り、パンダだーはそんなナマエの様子をニヤつきながら見守っている。
 三秒、心の中で数えてからナマエは走り出した。


「おっ、あぶねえな」
「どこが……!」

 バランスを崩そうとまずその白黒の足元を蹴ったが根が張ったようにパンダの体はびくりともしない。代わりに振るわれた拳を避ければ風を切る音が耳をつんざいた。
 もう少し身長があれば顔面を狙ったのだがそうもいかない。
 懐に潜り込んだは良いものの、パンダの腕を流すことで精一杯なナマエは攻めることができなかった。何かないかと視線を巡らせたナマエの襟元を、「よそ見」と大きな獣の手が引っ張った。

「あっ」

 ――掴まれた!
 そう認識したナマエの一瞬の隙をパンダは見逃すわけがなかった。そのままナマエの体はいともたやすく持ち上げられた。
「パンダ!」と呪詛をつらねながら、腕の中で暴れるナマエをあざ笑うかのようにその白黒の獣はぽいと軽く宙に転がした。「だあああああ!!!!」
 見慣れたはずのグラウンドは投げ出されたナマエの視界の中でぶれていく。
 ナマエはすぐさま体制を整えるべく猫のように手をついて着地をしようと試みて、衝撃に耐えるべく目をつむった。――それがいけなかった。

「に“っ!!?」

 不意に掴まれた腰元を誰かに掴まれて、ナマエは素っ頓狂な声をあげた。

「ツナ」
「とげさ、」どこにいたのか、同じく二年の棘と、目があった。嫌な予感にナマエはとっさに棘の腕の中で体をよじったが、次の瞬間体が抗えない浮遊感に包まれ、再び視界が加速する。「ん“んんんんん!!??」

 次はしっかりと見据えて着地したナマエは土煙を巻いてごろごろと球のように地面を転がっていく。肩で息をしながら立ち上がったナマエにパンダはにんまりと笑った(パンダは案外表情豊かだ)。「手加減してよ」とキャスケットをあげてナマエが睨めつけると、「甘さと優しさは同じじゃねえからなあ」とファイティングポーズをとったパンダは挑発するように突き出した手をくいくいと動かした。

「ほれほれ、何回も言うがな、お前はタッパもウエイトもないんだから掴まれないようにすんだぞ」
「人を次から次へと取っ捕まえてぽんぽん投げてんの誰!!」
「俺らだけど」
「しゃけ」
「そうですね!」

 ちぎってはなげられ、ちぎってはなげられ、決して大きな怪我はないものの、ナマエの洗濯したての制服が土まみれになってしまった。しかし、未だに一本も取れていないのは悔しい。顎までつたった汗をぬぐって、「もう一回!」と、人差し指を掲げたナマエの背中を誰かが叩いた。

「え、野薔薇ちゃん?」
「休憩しない?」

 ナマエは目を丸くさせた。鍛錬の時間だというのに、ジャージではなく街中に行くような小綺麗な格好をした野薔薇がいたからだ。

「でも私さっき、」
「ほらいくぞ」

 野薔薇はそう言って、先のパンダを彷彿とさせる力強さで、ナマエの肩をがっしりと掴み、そのまま引きずるように歩きだした。

  

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