「先生」とカートを押しながら、ナマエは言った。五条は陳列棚から適当にカップ麺やらポテチの袋などをカゴに投げながら「んー?」と生返事する。ご機嫌なようで、途中から鼻歌なんて歌っている。

「先生はこんなとこでこんなことしてていんですか……?」
「いーのいーの」

 チョコレート菓子の徳用袋を二袋ほどカゴにいれて、「ナマエも食べたいのあったらいれていいよ」と呑気にのたまう。
 ナマエはスーパーの真ん中でため息をついて、苦々しい顔を持ち手に伏せて「ほんっともう……!」と言葉をしぼりだした。

「女子高生に生徒軟禁の片棒担がせる担任ってっ!もがっ……!!」

 大きな手がナマエの口に蓋をした。五条は空いた手でしー、と唇に立てた人差し指を当てがいなから、あたりを見回した。

「おっきい声で言わないの。あ、あと他に何がいるかな?」
「……ゴミ袋と冷凍物と缶詰系。あとレンチンご飯」
「だねー」

 カラカラとカートの車輪が軽い音を立てて、床を滑る。ナマエは大きな背中を見つめながら、困り眉を下げた。

 虎杖復活を喜んだのもつかの間、彼はすぐに五条の手筈によってどこかに連れて行かれた。
 かと思えばあれよあれよと言う間にここまで連れ出された。たくさんの疑問符を浮かべたナマエに、五条はこのことを上に報告せずに、つまり虎杖は死んだままにしておくこと。そして彼をどこかに匿うという旨を聞かされた。
 この買い物もその準備のためにしている。

「というか、なんで報告しないんですか?」
「んー……ナマエさ、悠仁たちが行った任務の詳しいこと聞いた?」
「い、え……」

 顎を振るったナマエはすぐに立ちすくみ、目の前の黒い背中から距離を取るように一歩下がった。五条を取り巻く呪力が一瞬だけ、にわかに密度を増したからだ。

「そっか」

 ぽつりと呟いた五条はカートのカゴを引っ張っていき、取っ手を掴んだままのナマエはそのまま歩き出す。目の前の男に対して一瞬抱いた恐れをかき消すように、カラカラと悠長な音が上がる。

 五条は続けた。担任である自分がいない間に虎杖たちは、特級仮想怨霊――呪いでも格別の強さを持つ、明らかに未熟な一年生たちが相手するには不適切な相手だーが出る場所に、被害者の救助に向かわされていたのだという。――そして、虎杖は死に、他二人は負傷した。
「ハメられたんだよ、あの子たちは」と五条はその顔を気色ばませた。
 それ以上は聞かなくとも、わかった。

 虎杖は、始末されようとしていたのだ。

 床がずれていたのか、カートがカコン、と音を立てて跳ね上がった。ナマエは手に力を入れると、それは抵抗なく進行を止めた。

「ひどい、ですね」

 結果的には回避されたが、生徒を大事にする五条としては気が気でなかったのだろう。
 虎杖の秘匿死刑を先延ばしにすると決定を下した上層部は不承不承といった様子だった。その場にいたナマエは油断できない状況だとは一応は警戒していた。だがこんなに早くに行動するとは、全くもって予想外だった。

 五条は振り向いて「そうだね」と頷いた。

「ひどい奴等だよ。だって恵や野薔薇も傷ついて、最悪死んだってよかったんだ」五条は吐き捨てるように言った。「だってアイツらは僕のこと嫌いだからね」

 ナマエは目を丸くさせた。

「じゃあ、なんで私は……」
「そりゃあ、君の目は希少だからね。もし呪いの手に渡ったら大変なことになるもん」
「……」

 自分は利用価値があったから生きながらえた。
 その事実にナマエはどうしようもなく落ち込まされた。俯いている頭に、ぽんと手を置かれた。「ナマエ」と柔らかに自分を呼ぶ声に、ナマエはつられるように顔をあげた。
 五条はにっこりと笑った。

「君は悪くない。こうなったのも全部あのドブ板野郎どものせいなんだから」
「……はい」

 キャスケットのつばを下げながらナマエは首肯した。

「だから、いまはこのことを上にはもちろん、他のだぁれにも話しちゃだめだからね。また同じこと繰り返されちゃたまんない」
「わかりましたよ……」

「胃が痛くなってきた……」とうなだれるナマエに、五条はその力ない肩を叩いて「なんとかなるよ」と慰めにすらならない言葉をかけた。
 カラカラと音を立てて車輪がまわる。耳に流れる軽やかな音はナマエの胸中を重たくさせるものを、決して流してはくれなかった。

  

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