担任である五条悟から呼び出されたのは、高専の建物内にある遺体安置室だ。用途は文字通り、お察しの通りである。なぜこのタイミングで呼び出されたのかナマエには皆目検討もつかなかったし、嫌な予感を察知したせいで足取りは非常に重たかった。

「こんにちはー」
「ミョウジ」
「硝子先生」

 ナマエを出迎えたのはほのかなアルコール臭と解剖台の傍にいた硝子―この呪術高専の医師であるーだった。

「それ……」

 その台に横たわるそれに、ナマエは思わず身を引いた。
 マスクをして、クリーム色のゴム手袋をしている硝子は今から何かの実験でも始めそうだった。
 ナマエの視線が誘導されるようにゆっくりとスライドされていく。瞳にうつるのは、解剖台の上で箸みたいにまっすぐ投げ出された、生気を感じさせない肌色。
 それはあまりにも見覚えがありすぎた。

「虎杖くん……」

 ナマエの視線がその頭部に移っていく。下ろされた薄い瞼に、血の通っていなさそうな唇と、動かない体は確かに死人のそれだった。これから何が行われようとしているかは、明白だ。
 硝子が眉根を寄せた。

「どうしてここに?」
「どうしてって……」
「僕が呼んだ」

 壁際の椅子に腰掛けていた五条は体を起こして、顎で虎杖が横たわる台を示した。

「ナマエ、ちょっと見てくれない?」
「は?」ナマエが訝しげな声を上げた。「見るって、虎杖くんをですか?」
「五条、君ね……」
「物は試しさ」

 ナマエの目が、五条の側に佇む伊地知に向けられたが、彼はついっと気まずそうに視線を外した。まるでナマエを拒むような動作だったし、やけに挙動不審だった。しかし、今はそれを突っ込んでいる場合ではない。

「あの、先生。本気で言ってます?虎杖くんを見ろって」
「うん。でも、ナマエが嫌ならいいよ」

 五条から目隠し越しの視線を感じて、ナマエは身を固くする。思わず逸らした視界の端では、虎杖のぽっかりと空いた、赤黒い穴が映った。
 ナマエが首を横に振れば、何事もなかったかのようにナマエはここを立ち去らねばならないし、そして虎杖の体は硝子の手により開かれる。

 嫌だな、とナマエは思った。
 友人の遺体をまじまじ見ることはなんだかいけないことのように思えた。だけど、きっとこのまま鍛錬に行っても、ああ、いま虎杖の体は暴かれているのだな、と考えてしまうだろう。そんなこと、両方とも嫌だ。
 それに、ふとした時に、虎杖の笑顔ではなくこの遺体が頭をよぎってしまうのだ。
 その度に、自分はその時怖気付いて何もせずに帰った、なんて記憶を反芻しなければならない。

 そう考えるうちに、気づけばナマエは「見ます」と頷いていた。


 虎杖の体を改めて見ていくのは少し妙な心地だった。なんせ呪力の糸が見えない。人の歪んだ感情に巻きつかれていない、綺麗なものだった。
 ああ、本当に死んでしまったのか。
 先ほどはあれだけかなしんでいたのに、現在はまるで実感がわかない。だって、心臓以外は綺麗に四肢と頭を残した彼は、今にも起きてきそうだったのだ。

 ナマエは精度を上げるために呪力を瞳の呪印に流していく。虎杖と宿儺、双方の呪力が欠片でも見られれば、きっとこの体は五条によって綺麗にそのまま保管されるはずだ。
 千年もの間、数多の呪術師、そして無辜の人々を苦しませた呪いの王がそんな簡単に死ぬはずがないだろう。一笑に付されそうな根拠しか思い浮かばないが、ナマエの視線は虎杖の胸の穴に向いた。

「――は?え“っ!??」

 突如現れた密度の高い呪力が虎杖の心臓を埋め尽くし出した光景に、ナマエは本能的に隣にいた硝子に飛びついた。

「わ、わ“―――――!先生!!先生!!」
「なに、どうした?――ん?ああ……」

 相変わらず表情を変えない硝子に代わるようにナマエは顔を青ざめさせたり、赤らめさせたりしながら虎杖を指さした。

「心臓!!心臓!!」

 ――虎杖の胸の穴が、塞がっていた。
 そう明確に伝えることもできずにナマエがわあわあと騒ぐ。「なに」と虎杖が眠たげな目でむっくりと上体を起きてきたため、さらにナマエの口から悲鳴が上がる。
 生き返ったことへの驚愕でもあった。が、ナマエは同世代かつ異性の生の体だって、この年で面と向かって見ることはまずない。嫌悪こそないが、耐えきれぬ言いようもない感情に晒されたナマエは落ち着くまで硝子に引っ付いたままだった。


 そんなナマエを差し置いて、五条は虎杖復活を喜び、意気揚々と彼とハイタッチをしていた。それに硝子に関しては「ちょっと残念」と口をとがらせるだけだった。
 驚き、叫んでいたナマエは部屋の隅っこで伊地知とともに「なんであんなに冷静なの?」と二人の冷静具合にほんの少しの恐れを抱いた。

  

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