病院の窓口で呪術高専の学生証を出せばすぐに伏黒の病室を教えてもらえた。ゆったりーーいや、どちらかといえばナマエの足取りはよろめいていて、生気を感じさせなかった。示された一室にノックをしてから入り込んだ。

「あ、オマエか」

 一つだけ配置されたベッドに伏黒は居た。手持ち無沙汰だったのか、コンビニで買えるようなノンフィクション系の本が手のひらに収まっていた。ナマエはあくびを噛み殺してから「おはよ」と挨拶をして、ベッドに寄せてあったパイプ椅子に座った。
 ナマエは改めて伏黒を見つめた。頭に包帯は何周かしているし、ほおにも大きめのガーゼが貼られていた。
 呪いにかかっているようだが、呪術師は呪いに耐性を持っている人間が大半だ、伏黒にかかっているものは直ちに命に関わるような程度ではなかった。

「重傷だね。骨とか頭は大丈夫だった?」
「とりあえず異常があったら連絡するようにとは言われた」
「そっかそっか」ナマエは頷いてから、小首をかしげた。「さっき誰と勘違いしてたの?」
「五条先生」
「あー、先生はなんか……まあとりあえず保管してる宿儺の指取ってから来るって」
「指」

 目をまん丸にして鸚鵡返しにそういう伏黒にナマエはたまらず吹き出した。寝不足のせいでどうも笑いの沸点が低くなっているようだった。

 ナマエは眠たげな目をこすりつつ、経緯を語って聞かせた。
 五条の提言により、上層部から虎杖の秘匿死刑の保留をもぎ取れた。
 保留といっても宿儺の体の全てを虎杖が摂取すれば殺すという条件のもとである。それに上層部としては苦渋の決断のようだったので、いつ状況がひっくり返るかもわからない、油断が許されない状況だ。
 五条はとりあえずその説明を虎杖にするため向こうに残ったままだ。ついでに指を取りに行ったのも、虎杖が一通りの事情を理解し、了承した時のためらしい。

 一応ではあるが、虎杖の即死刑は免れたことに、伏黒の表情は心なしか和らいでいた。

「ん、じゃあオマエここまで蜻蛉帰りか?」
「そー、報告書もすぐに書いて提出しろって言われたから頑張って書いて、始発の新幹線乗って。しかも自由席にしちゃったから座れなくってさあ」ナマエは肩を揉み解しながら、あくびをした。「超眠いし超きつい」
「適当に部屋借りたらどうだ?」
「健康体の人間がベッドを占領するわけにもいかないじゃん。廊下のソファでごろ寝もしたくないしね」

 言うと、ナマエは背もたれに体重をかけた。ぎぎぎぃ、と椅子から悲鳴をあがったが、聞かない振りをした。「だからさー」と続けながら、キャスケットのつばを下げて、視界を暗くさせた。

「ちょっとここで寝ます。良い?いいよね?本当にちょっと限界だから」
「お、おう」

「別にいいけど……」と、ナマエの勢いに圧されたのか伏黒は少し引き気味に言った。
 ナマエが寝に入る体制をとってから数秒、二人の間沈黙が落ちた。体があたたまってきて、とろとろと溶けそうになる。そのまま遠のきそうになっていた意識は、「なあ、」と呼びかけてきた伏黒の声で浮上する。

「なんで俺と普通に話せるんだ」

 意外な質問にナマエは「なんで?」と語尾のあがった声を出す。

「俺は虎杖……特級呪物の器となったあいつの助命を頼んだ。軽蔑されてもおかしくないと思う」伏黒は続けた。「怖いんだろ、宿儺のこと」
「虎杖くんはいい人だったしさ、殺されちゃうと後味悪いじゃん」
「……それだけか?」
「他になにかある?」

 伏黒が明らかに納得していなような気配を感じて、ナマエはキャスケットを脱いでから姿勢を正した。

「オマエ、むかし宿儺の指のせいで大怪我したって聞いたぞ。理由がそれだけじゃ、おかしいだろ」
「おかしいっていわれてもなあ……」ナマエは困った風に眉を下げてから、ほおをかいた。「えっと……伏黒くんが虎杖くんを助けたいって気持ちはホントだよね?」
「それは……」

 伏黒はやや迷ったように視線を泳がせた。すぐに否定しなかった、ということは肯定だろう。無理に言わせるつもりもなかったので、ナマエは窓から見える朝日を見つめながら話をつづけた。

「私ね、弱いからさ、任務中に普通に何回か見捨てられそうになったことあるんだ。んまあ、この業界の性質上仕方ないことだってわかってる。でも結構ショックで、泣いちゃったこともあんの」

 伏黒を取り巻く空気が凍った気がしたが、ナマエは努めて明るい声で「でもね」と言った。

「そんな中で私を拾い上げてくれた人もいた。そういう人の存在って私の中で結構大きいんだ」ナマエは伏黒に向かって微笑んだ。「だからね、虎杖くんを助けようと、拾い上げようとする伏黒くんはなんか応援したくなるんだ」

 もちろん、宿儺は怖いけどね、と付け加えておく。
 しばしの沈黙の後、「そうか」と、伏黒は難しそうな顔で言った。それ以上何か言及しそうな雰囲気はなかったので、ナマエは一人胸をなでおろした。

「うん。じゃあ、私、そろそろ寝るから、五条先生来たら起こして」
「分かった」
「テレビとかつけていいよ。ねれるから」
「早く寝ろ」
「はーい、おやすみー」

  

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