「五条先生!」とナマエと伏黒が異口同音に呼ぶ。救援の連絡もしていないし(すればよかったと今気づいた)、ここは呪専よりかなり遠い場所だ。ナマエたちとしては本気で驚いているのに、当の五条は「や」と手を上げて緩く返した。
 どうしてここに、という伏黒の疑問に、五条は来る気なかったんだけどさ、とややふてくされたように言った。

「さすがに特級呪物が行方不明となると上が五月蠅くてね」観光がてらはせ参じたってわけ、と言いつつ五条は携帯を取り出した。「いやーボロボロだね。二年の皆に見せよっと」

 切迫していたはずの空間に呑気なカシャーというシャッター音が連続する。撮られている伏黒は不機嫌そうな面立ちだった。「で、見つかった?」

「あのー」

 首を傾げた五条に、虎杖が気まずそうに挙手した。

「ごめん。俺、それ食べちゃった」
「マジ?」
「マジ」
「あー……ナマエ?」

 目隠し越しに視線を感じて、ナマエは首肯してからおそるおそる口を開いた。

「……彼の中に二人ぶんの呪力が見えます」

 その言葉が後押しになったのか、五条は首を傾げつつ虎杖に顔を寄せた。五秒ほど虎杖を見つめたー五条は目隠しをしているのでこの表現があっているかは不明だーあと、「ははっ」と笑い声を上げた。

「本当だ。混じってるよ」

 ウケる。こんな異常事態をそんな一言で表した五条にナマエは頭を抱えたくなった。五条は虎杖に体に異常はないかどうかを確認してから、いま宿儺と代われるかどうかを尋ねた。
「――多分できるけど」と虎杖が自信なさげに頷いてから、ナマエの背筋に悪寒が走った。虫の知らせみたいなものだろうか。
 五条はナマエの方を向いてから、伏黒が座っている場所を顎で示した。

「ナマエは恵とそこに居て」
「あの、先生、もしかして、」
「ナマエ」五条は再びナマエの名を呼んで、優しい声色で続けた。「大丈夫だよ」


 10秒間だけ宿儺と代われ。五条は軽く体をほぐしながら、事も無げに虎杖にそう告げた。戸惑う虎杖をよそに、五条は「恵、これ持ってて」と持っていた紙袋を伏黒に投げつけた。

「これは?」
「喜久福」
「お土産?」

 紙袋を覗き込みながらナマエが言うと、五条は「土産じゃない」とナマエたちに振り仰いで否定した。
「僕が帰りの新幹線で食べるんだ」と悠長に続けた五条の背後で、虎杖――否、宿儺が彼に飛びかかろうとしていた。「先生!!」「後ろ!!」
 五条に向かって振るわれた鋭い一閃は空をかいた。

「生徒の前なんでね。カッコつけさせてもらうよ」

 いつの間にか宿儺の背後に立っていた五条は、宿儺の右腕を抑えて重たい一撃を顔面に食らわせた。宿儺に僅かながら動揺の色が滲んだがそれもすぐに霧散した。

「まったくいつの時代でも厄介なものだな。呪術師は」五条の肩越しで宿儺の呪力の量が高まっていくのが見えて、ナマエは思わず隣で座り込む伏黒の袖を握った。「大丈夫だよ」という優しい声が聞こえた瞬間、視界が土埃で染まった。

「だからどうという話でもないが」

 宿儺の呪力により巻き上げられたコンクリート床の塊はナマエたちに当たることはなかった。五条の術式(おそらく、そうだ)により、空中にぴったりと浮かんだままだったのだ。
「そろそろかな」と10秒数えた五条が一人呟いた。

「おっ、大丈夫だった?」

 ナマエは瞠目した。先ほどまで五条に向けられていた鋭い殺気が虎杖からすっかり消えていた。
 きっかり10秒で代わったことに、さすがの五条も驚いた、と声を上げた。

「本当に制御できてるよ」
「でもちょっとうるせーんだよな。アイツの声がする」
「それで済んでるのが奇跡だよ」

 ゆったりとした足取りで虎杖に近づいたかと思えば、五条がとん、と虎杖の額に軽くつついた途端糸が切れたかのように、がっくりと虎杖が五条の腕の中に倒れこんだ。

「何したんですか」

 訝しげに尋ねる伏黒に、五条は当たり前のように「気絶させたの」と答えた。

「これで目覚めた時、体を奪われていなかったら彼には器の可能性があるー」五条の顔がナマエたちに向けられた。「―さてここでクエスチョン。彼をどうするべきかな」
「それは……」

 やっぱりーー
 ナマエが言い淀むと、伏黒が身を乗り出した。

「仮に器だとしても呪術規定にのっとれば虎杖は処刑対象です」淡々とそう言って、伏黒は顎を上げた。「でも死なせたくありません」
「え……」

 目を丸くさせるナマエをよそに、五条はどこか楽しそうに「私情?」と聞き返した。伏黒は迷いなく頷いて、

「私情です。何とかしてください」

 と、すっぱりと言い切った。五条はクックックと肩を揺らしてから、そのままサムズアップして見せた。「かわいい生徒の頼みだ。任せなさい」


「とりあえず、手隙の人呼ぶから恵は病院行って」

 虎杖片手に携帯を取り出す五条に、ナマエはハッとして「先生」と声をかけた。

「負傷者が二人向こうの校舎にいます。ここの学生みたいで、片方は呪いにかかってます」
「ん、オッケー。それも伝えとこう……」五条が首を傾げた。「それで、ナマエはあんまり傷深くないよね?」
「え、はい」

 ナマエが負ったのは軽い擦り傷と、すこし青タンができるかな程度の打撲だ。むしろ呪いに叩きつけられる等されていた伏黒や虎杖の方が色々と心配だ。ナマエの答えに満足したように「そっか」と五条は頷いて、ナマエにこいこいと手を仰いだ。

「じゃあ今から僕と一緒に来て」
「え、今からですか?どこに?」
「そりゃ決まってるよ。今回の件について上層部のお年寄り共に連絡しに行くんだ」

 ナマエは再び虫の知らせを受けた。嫌な予感に思わず顔が引きつってしまう。

「あの、それって、まさか……」
「うん。君には証人をやってもらうよ」
「拒否権は」

 ナマエの疑問に五条は口を尖らせて、「なーいよ」と無慈悲に告げたのだった。

  

×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -