東京から仙台までの道のりは新幹線で一時間半と案外簡単なものだった。もちろん観光に来たわけではないので、賑わうお土産コーナーを一瞥してからナマエは駅を出た。
 すでに日は傾きつつあった。目を刺すような西日に、ナマエは眉をしかめつつ、キャスケットの庇(ひさし)を下げた。人波を縫うように歩きつつ、首を巡らせていると、クラクションの音が耳に入った。つられるように視線をやれば霊柩車のように黒い車が停めてあり、運転座席にいるスーツの男がこちらを見つめていた。

「連絡を受けました、ミョウジです。今日はよろしくお願いします」ナマエは二人しかいない車内を見回した。「伏黒くんはもう現場に?」

 男ーーナマエたち呪術師の任務を補佐する役目を担う、補助監督である彼は同じく「ご丁寧にありがとうございます」と礼をしてから頷いた。

「おっしゃる通り、伏黒二級呪術師は呪物の行方の調査のために杉沢第三高校に行っておられます」

 同級生であり同じ呪術師である伏黒恵は既にこの仙台にやってきていた。彼は特級呪物、両面宿儺の一部を回収するという任務を受けていたらしいーーのだが、あらかじめ入っていた情報と齟齬が生じたのだという。
 今日の昼間、担任の五条は笑いながらナマエにその詳細を教えてくれた。「恵が探してる呪物があったよね?アレなんか知らないんだけど、所定の位置になかったらしいから、探すのを君も手伝ってあげてっ!ヨロ!」と、それはもう簡単に言ってくれた。
 行方知らずの特級呪物、両面宿儺の一部はそのように簡単な扱いをしてはいけない。その呪物は、現存する術師が束になっても完全に封印または破壊できないほど強力かつ凶悪な代物なのだから。
 ナマエはソレのせいで過去に大変な被害も受けた。正味なところ、両脇に五条と夜蛾を固めたって関わりたくなかった。


 呪物を置いてあるという杉沢第三高校に着いた頃には夜になっていた。ナマエが降りる直前で、補助監督の男が「すみません」と申し訳なさそうに頭を下げた。

「次の現場の呼び出しが来たので私は此処で……」
「あ、大丈夫です!一応封印が施されているらしいので、交戦にはならないはずです」
「それは良かったです。ではミョウジ術師、ご武運を」
「はい、ありがとうございます」

 呪いを見ることができる人間が少ないし、呪術師になる人間も少ない。ドライバー兼監督役として駆り出される補助監督だって荷馬車のように働かされる。何かあった時にすぐに連絡が伝わらないのは心配だが、仕方がない。
 ナマエは会釈してから車を降り、見た目だけはごく一般的な様相の高校を一望した。
「うぇ……」と瞳に映る、呪力の大きさに口元を引きつらせた。下級の呪霊が一体や二体など可愛らしい規模ではない。校舎丸ごと覆うように、さまざまな呪力の糸が張り巡っていた。

 大勢の人間が行き来する施設は、呪いの温床となり、ひいては呪霊の発生源ともなりうる。しかし、この量は異常だった。
 おそらくここに置かれている、両面宿儺の一部に惹かれて、周辺から呪いが集まってきたのだろう。
 池の撒き餌に群がる鯉のようにこの校舎で呪霊が跋扈する光景が目に浮かび、ナマエの意識は一瞬とおのきそうになった。

 とりあえず伏黒と連絡を取らなければならないーーナマエが携帯を取り出した時、背後から忙しない足音が近づいてきた。

「ミョウジ!」
「伏黒くん!ーーと、誰!」
「そっちこそ!」

 伏黒に連れ立った青年が不思議そうにナマエを見ていた。ポケットの中からわずかに両面宿儺の呪力が見えたが、現物ではないな、とナマエは直感的に判断した。この場にそれがあれば、もっとおどろおどろしく、ナマエに死すらも予感させただろう。

「私は呪術高専のミョウジ……や、そうじゃなくて!」ナマエは伏黒の方を向いた。「学校に呪物回収しに来たんじゃないの!?説明求む!」
「詳細は省くが特級呪物の封印を、こいつの先輩が此処で解こうとしている」
「うそ!!?」
「マジ。早く行かねぇと人死にが出る。“帳”下ろしてくれ」
「うん」

 片手で手印を結び、一呼吸置いてから言葉を紡いだ。

「『闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え』」

 ナマエの詠唱に応えるように、星またたく夜の学校をさらに濃密な黒が覆っていく。この“帳”は、中の様子を一般人の目に触れさせないための結界だ。

「待てよ!」無理やり張り上げたような声がナマエの耳に入った。「俺も行く!やばいんだろ!?」

 体を反転させると、青年が伏黒に焦燥を滲ませた表情を向けていた。
 彼は続けた。学校にいるのだという先輩とは二月(ふたつき)ほどの付き合いだが、友達なのだと。そして、そんな二人をこのまま放っておけないのだと。

 ーーこの人、すごく良い人なんだろうな。
 話を聞いていたナマエはそう思った。『やばい』ことが起こっているのを理解しているのに、友達のためにこの圧(プレッシャー)を放つ高校へ果敢に挑もうとしているのだ。
 ただ、気持ちだけではこの事態は収束しない。

 伏黒は振り向きぎわでそんな彼を睨め付けた。

「ここにいろ」

 鼓膜を震わせたのは低く、有無を言わせない警告だった。空気が凍りつくのを肌で感じて、青年はすくみ上がり、ナマエまでも思わず口を噤んでしまう。青年はそのまま俯いて、力なく腕を下ろした。握られたままの拳は震えていて、何か言いたげだった。
 伏黒は言葉を重ねずに帳の中に入って行く。ナマエはいたたまれなさを感じつつ、伏黒の背を追った。

「ミョウジ、“見える”か?」

 先ほどとは打って変わって事務的な響きを持たせた言葉にナマエは一瞬虚をつかれた。誤魔化すように「んん」と咳払いをしてから、庇を上げた。

「待ってねー」ナマエは校舎を仰ぐと、一室で両面宿儺の荒縄のような呪力が視認できた。「ー四階の角部屋!まだ封印は解かれてない!多分!」
「虎杖がいってた通りか、急ぐぞ」
「えっ、早い早い!!」

 虎杖ってさっきの人のことだろうか。というか交戦するのか私。マジで?
 ナマエは呑気な質問を口にする暇もなく、足を早める伏黒に合わせて駆け出した。

  

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