(忠誠主)甘い夢 死ぬように言いつけられた時は、恐怖心は無かった。俺という存在が、あの人の邪魔になっているのに気づいてからは、死なねばならぬのだろうと分かっていた。それに、そもそも俺は鬼とされた時から、あの人に自分の全てをあげたつもりだったから、あの人さえ望んでいることならば俺をどう使われてもよかった。 死ぬとどうなるかはわかっている。俺もあの人も人の道から外れたことを繰り返しているから、きっと行き着く先は同じだ。二人揃ってすってんころりと地獄行き。 あの人はずっと生き続けるとは言っているが、無理だろう。形あるものには必ず滅びが来る。それはあの人も同じだ。だから俺はあの人が命を燃やし終えるまで、地獄の淵で何年も何十年も何百年だって待つつもりだ。 ……ちょっとだけ言わせてもらうと、俺は待つことに耐えられる自信はない。きっと待つ間中、寂しくってたまらないだろう。ふとあの人のお声が降ってはこないかと、切なくなって、待とうとした己に憤りを隠せない時もくるにちがいないのだ。 だけど、あの人はそんな俺を褒めも労いもしないだろう。あの人ってば落ちてきた時だって今と変わらずに居るだろうし、むしろ苛立っていて、憂さ晴らしに俺を殴るかもしれない。 そんで俺は、ああ、アンタは変わらないねぇ、だなんて言って、心の中では待った甲斐があったと、最後には満足するだろうな。 はてさてそこまで上手くいくかは俺にも分からないが、そうあればよいと、いや、そうあってくれと願うばかりだ。 いざ死んでみると、望んでやったというのに妙に気持ちの悪いものが胸の中でくすぶっている。 「……あれ以上、アンタの役に立てないっていうのは残念だったなぁ」 舌に乗せてみれば、なんてことのない後悔だ。これからゆっくりと消化すればよい。 それよりも、それよりも、だ。 「ふふ」 両手で包んだそれを撫でた。なんの気まぐれか、降ってきたあの人の髪。あの晩に己の瞼を撫でた親指と動きを重ねて、髪の流れをなぞってみれば随分と胸がすくような思いになる。よくやったぞ、なんて褒められた気になる。あの人が俺を褒めたことなぞ、ついぞなかったが。 「ああ、俺の後悔なんてどうでもいいんだ。俺は死んでよかった。ねえ、旦那」 指先のなめらかな感触に愉悦を覚えつつ、俺は改めてここで一人、笑みをもってあの人を迎えることに決めた。死ぬ前に膨らませた、あの都合のよい展開を夢見ながら。 |