小ネタ | ナノ

(忠誠主と無惨)女


 雑踏の中、無惨と歩く女は心中穏やかではなかったし、その動作もぎこちないものだった。
 衣紋(えもん)から伸びた、細く白い首にその薄い腹や肩の頼りなさは女性のものだ。しかし歩き方から袖さばきは大振りで、男性的なものなのだ。それを自分で気づくとやってしまったといわんばかりに結い上げた髪を撫でて、女は眉間にしわをつくった。
「おい」と隣で無惨が注意してやると、彼女は顎を上げた。

「旦那、私は物覚えが良いと自負しておりますよ。でもね、万能じゃあねぇんです」

 蓮っ葉な口調の女――に、姿を変えたナマエは弱音を吐いて、その丸みおびた頬に朱を落とした。ふっくらとした口の端は引きつっており、狭い額からは汗が二粒ほど玉のように転がった。ナマエは女として振舞うことに恥じを覚えている、というよりも無惨に無様な姿を見られたことに焦りを覚えていた。

「ああ、全く。アンタってお人は、私を困らせるのが上手いですね。『明日は女として私の隣で歩け』だなんて。せめて一月……いいや、半月ほどは時間が欲しかった」

 口答えされた苛立ちよりも、ナマエがそうやって困っている姿のおかしさが勝り、無惨はナマエの嘆きを鼻で笑った。

「お前は存外自惚れ屋のようだからな。良い薬になるだろう」
「堪忍してください」ナマエは眉を下げた。「私が完璧でなければ、旦那の計画にひびが入ってしまう」
「お前はすこし勘違いをしているな」

 無惨の否定にナマエは不思議そうに首をかしげた。

「私はお前を完璧にするためにやっているんだ。女として振舞えば、都合のいい時もあるからな」
「は」

 無惨を見上げたナマエは目を丸くさせた。おれのため、と頭の中で復唱すると一層引きつった笑みが強張った。

「あのね、旦那、それを言われると俺はもっと自惚れちまうよ」

「薬を通り越して毒ですぜ」と、頬に目を引くほどの赤みを帯びさせて、ナマエは言った。









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