(士遠嫁主)会話、短文 【狐拳】 士遠「ちょっと良いかな」 嫁主「はい?どうかされましたか」 「狐拳の狐の構え(ポーズ)をとってくれないか、こういう風に……」 「狐の?」 「狐の」 「えっと……これでよろしいでしょうか」 「……」 「(とても触られているし見られてもいる気がする……)……旦那様?」 「君がとても可愛い人だということを今噛みしめている」 「だ、旦那様……(さっき狐の格好をしていた旦那様こそとても可愛らしかったとは言えない)」 【雪うさぎ】 「おや、盆に何を乗せているんだい」 夫の士遠が首を傾げて物珍しげにたずねてくる。両目が潰れてしまっているのに、彼はあっさりと@が目の前に来たことや、その手に持つものを見抜いてみせる。@は盆を持ったまま、断りを入れて士遠の手を取った。 「雪うさぎです。体は雪で、目は南天の丸い実で、耳は譲葉で作りました」 言いつつ、士遠の指で兎の目と耳になぞらせる。 彼は“波”、というもので周囲の様子がわかる。ーーらしいのだが、@にはそれがどの程度かまではわからないため、口頭での説明か実際に触れさせることが多い。 士遠は雪の冷気に驚くようすもなく、雪で形作られた兎の体を手のひらで軽く包みこんで、「小さいなぁ」とはにかんだ。 「うん、うん。可愛らしくできているじゃないか」 「そ、そうですか」 褒められたことがどうにも嬉しくなって、@ははにかんだ。 「私も一匹捕まえようかな」 「今からですか?寒いですよ」 @の言葉に、士遠が「しかしなぁ」と眉をひそめた。 「そいつ一匹では切ないじゃないか」 あっさりとした言葉に@は虚をつかれる。雪に浮かれてそういったことは思いつかなかった。 @は雪うさぎ一匹にそういったことを思える士遠がたまらなく愛おしくなった。 「それもそうですね……」 「じゃあ少し出てこようかな」 「はい」 「いってらっしゃいませ」と、@は頭を下げて、士遠を見送った。 彼の手は大きいからきっとその分大きな兎ができるのだろう。早く見たかった。そうして早く彼とたくさん話がしたくなった。 不思議と盆の兎も、来るだろうもう一匹の兎を今か今かと待ちあぐねているように見えた。 【続・狐拳】 「せーのっ」 開始の合図が異口同音に放たれる。士遠は両膝に素早く両手を置いた。 「庄屋」 士遠の声だけが部屋に響いた。目の前に座す妻がほんの少しだけ間を空けて言った。 「猟師です。参りました」盆を士遠の方にやって、妻は表情を和らげた。「それではこの鶯餅は旦那様に」 「……そうかい」 士遠は口をへの字に曲げた。 妻は嘘をついている。彼女は先ほど自分の手を猟師と宣言したものの、あの小さな手は狐の耳を作っていた。士遠は盲(めしい)であるが、“波”でその様子がわかった。もちろん、彼女が自分が勝ったと気づいたときに、あの困り眉をほんの少し下げたことも。 一つ余ったおみやを譲り合った先、結局どちらが食べるかは狐拳で決めようとしたのに君が譲ってどうするのか。 憤りこそないものの、そんな呆れが出てくる。しかしそんなところが良いと思う自分もいるわけで。 ひとまず士遠は鶯餅を半分に割って食べた。 「美味いなぁ」 「ふふ、それは良かったです」 ちょうど良い熱さのお茶を手際よく渡してきた妻がふにゃりと頬を緩めた。 「先日いただいた羊羹も美味しかったです。衛善様は良いお店を知っておられますね」 士遠は頷いた。同門であり、同世代の彼は嗜好品などに“目”が利く。 「君が気に入ったようで良かったよ。妻が甘いものが好きだと教えたら、すぐにくださった」 「え!?」妻は目を見開いて、頬に手を当てた。「食い意地が張っていると呆れられないといいのですが……」 「そのぐらいが可愛いよ」 「う」 「いやダメです!旦那様の沽券にも関わります!」と 一瞬だけ口角が上がった妻は今度はきゅっと眉を吊り上げた。そこはそこで譲れないらしい。 二の句を継ごうとする妻に、士遠はもう半分の鶯餅を差し出した。 「……旦那様?」 「私はもう満足したからね。もう半分は君が食べなさい」 「いえ、ですが……」 「衛善殿は『御内儀に』とくださった、つまりこれは元々君宛てのものなんだよ。私が三つのうち二つも食べてしまうのはあまりにもしのびない」 また困った顔と嬉しそうな顔やらで表情をころころと変えた妻は、「……参りました」ともう半分を口にした。 「狐」の士遠先生可愛いのでは!!!???(5巻のおまけのやつ) あと人気投票一位おめでとうございます。 雪うさぎの先生は嫁の作った兎が小さい=嫁の手もちいさい。可愛い。となっているんだと思います。似た者夫婦。 |