(呪廻)宿儺と虎杖の同級生 「女」 「!」 「わ、ごめん」 小僧の頬に口を作って呼びかけると、速やかに無遠慮な平手で塞がれる。何やってんだよ!やめろ!という小僧の制止の声が中と外で響く。 宿儺は代わりに空いた片頬に目を作ると、小僧を見つめたまま動けずにいる女と目があった。 「怪我をしている」 「はぁ?何言ってんだよ」 宿儺に言われて、とっさに女は指先を隠した。 「え、ホントに怪我してんの?大丈夫?」 「うん。全然。ちょっと本読んでる時にすぱっとやっただけだから」 小僧に言われて女は己の手を見下ろした。その人差し指の先には先ほど血が固まったばかりなのだろう、赤黒い線が入っていた。 「手を出せ」 「ミョウジ、宿儺のいうことは聞かなくていーよ」 「俺なら速やかに治せる。今ここで」 「怪しすぎんだよお前」 「なら縛りを設けよう。この女には手を出さんと」 「は?」 小僧が訝しげな声を上げた。 「や、なんでそんなに必死になってんだよ。どうした?」 「お前には関係のないことだ」 また小僧の声が喧々諤々と中でうるさいことこのうえない。しびれを切らした女が「じゃあ」と口を挟んだ。 「家入先生のところで治して頂くっていうのは?それなら、文句ない?」 女のまっすぐな目が宿儺を捉えた。 宿儺はこの眼差しには覚えがあった。自分に対して怯えもなければ卑下もなく、かといって不遜でもない。むしろ柔らかで、諭すような目。大昔、”誤って”隣人の腕を折ったときにも、宿儺にすっかり怯えて恐れを覚えた人間の群れの中でたった一人の女から、こんな眼差しを向けられたことがある。 「……ああ」 女は目を丸くして、いいの?と意外そうな顔をした。宿儺には他の目論見があったのではないかと疑っていたらしい。返事もせずに引っ込むと、女は安堵したような、呆れたようなため息をついていた。 「……宿儺って、結構わかんない子ね」 「そんな可愛いもんじゃねえよ」 男女の会話を耳に入れつつ、生得領域の孤島、玉座とも言える場所で宿儺は座り込んだ。 やはり、見れば見るほどあの女は、そっくりだ。 力を入れれば折れてしまいそうなほど細い手で、宿儺の髪を寝かせるように撫で、そして愛おしげにその名を呼んだ、ーーあの母に。 生き写しなのではないかと最初は疑った。それは今となってはどうでもいい。生き写しであろうが、なかろうが、宿儺があの女に母の影を見出してしまえば、この魂は小石を落とされた水面が如く波打ち、震えてしまうのだから。 「こんな稚きものが、俺の中で塵芥でも残っていたというのは意外なものだな」 はぁ、と領域に響く呪いの王の、大仰なため息は、誰にも届かなかった。 こういう宿儺が見たい自分と、親(身内)への情を持ち合わせている宿儺(呪い)なんていませんとキレている自分と上手く折り合いがつけられなかった産物。 しかし仮にこの夢主が人を殺すのは止めてと言っても「お前は息をするなと言われてしないのか?」と返してほしい。あくまで全ての主導権は自分の中。 |