バーテンダーのジェイド





午前零時。水槽の魚は変わらず踊る。
「ひとりになりたかったんだけどなあ」
「おや、僕と一緒にいるのは嫌ですか?」
「……イヤじゃないけれど」
よかった、と白々しく笑うジェイドに苦々しい気持ちになってカクテルを呷る。ショートグラスのそれはキツくて、まわる酔いにグ、と眉間のしわを深めた。
空になったそれを目の前から伸びた手がさらう。あまり見慣れない彼の肌色をぼんやりとながめた。
「まだ、帰らせてはくれないの」
「帰りたいんですか?」
不思議そうに首を傾げる男は、答えをわかっているのだろう。悔しくてつい唇を噛む。お気に入りのルージュはとっくに落ちて、生身の唇を晒してしまっていた。
「はぁ、朝には二日酔いね」
呟いて、ギムレットを注文する。慣れた手つきでシェイカーをとる、その動きを目で追いながら、別れた男を思い返した。
夢中になれるような恋をしていたわけじゃなかったけれど、終わりはいつだって胸を乾かしていく。それを潤すために酒を飲むのがクセになっているのは、決して褒められたことではない。
それでも求めてしまっているのをバレているんだろうな、と思いながら、彼の揺れるピアスを眺めた。
暗いバーカウンターを照らすランプの落ち着いた明かりが耳元で不規則に踊っている。
「どうぞ」
「…………ねえ、これって」
差し出されたグラスは乳白色に色づいていて、思わず目を瞬かせる。注文と違うそれに、まさか間違ったわけでもないだろうとジェイドを見上げた。
「遠い人を想うなんて、いい加減やめたらどうですか」
静かな声が波紋のように頭を揺らす。カウンターから彼は身を乗り出して、すぐそばでニンマリと目を細めて見せる。意地悪く、確信的に、私に囁いてみせる。
「無償で優しくするほど、僕は純心じゃありません」
知ってるくせに、と笑われて、身体に巡っていた酔いが遠くどこかに逃げ去っていった。



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