レオナと婚約者


どうせ歴史の流れの先に己はいないのだ、と彼は言う。
それは寂しいわ、と彼女は言う。
意味の無いやり取りに彼は鼻を鳴らし、積み上げられた本の中で、身体を持て余したようにソファへ投げ出した。退屈に揺らした尻尾が彼女を逃がすまいと絡みつく。彼女は黙ってそれを受け入れる。
静けさの中にただ音を鳴らしているのは、ふたりの呼吸と本のページが捲られるそれだけ。古い書物の香りはどこか、古い記憶を呼び起こす懐かしさすらあった。
「くだらねえ。他者が盲目に書き連ねたものに従うなど、逃避でしかない」
「けれどそれもまた知識であり、力となるでしょう?」
宥めるように彼女は言って、また過去へと旅立とうとする。それが彼はいつも気に食わなくて、何度だって邪魔をするのだけれど、いつだって彼女は文句ひとつ口にせず、彼の言葉を聞いていた。
歴史は墓場だ、と彼は言う。
その果てに私たちは息をしているの、と彼女は言う。
いつかの繰り返しの言葉すら歴史になりえるのだと笑って、彼女は彼を振り返る。レオナ、と柔らかに彼の名前を呼んで、その瞳を覗き込む。
拗ねたような翠に顔を綻ばせて、愛しい彼の頬を撫でる。
「私と、歴史を紡ぎたくはないの?」
「……お前となら、悪くねェかもな」
関係を決められたふたり。けれどそれを、どうあるか選ぶのは、誰でもなく、歴史でもなく、ここに今いるふたりでしかない。
それでも心臓の確かな鼓動すら、いつかの誰かから繋がっているのだとは分かっていて、だからこそ、その奇跡に微睡んで、ふたりは今このときを生きている。
いつかこの先の誰かに繋がるのならば、お互いによってがいいと祈って。



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