人が明らかに緊張しているのを見るのはなかなか面白いことだと思った。
何か触ったらぴりっと指先に弱く刺さりそうな、そんな緊張。
隣に座るモニクは相変わらず無表情に紅茶を飲んでいたが、私にはわかる。
その無表情の中でも彼女はかなり上機嫌だ。
それもそのはず、いま彼女は英国でもとても上等で美味しい紅茶を堪能しているから。
甘い香りがそれほど広くない部屋に充満する。
その紅茶というのも、目の前にいる緊張を纏った彼が持ってきたものだ。



「自己紹介が遅れたわね。私はエムリーヌ・デュフォール、ラストネームで呼ばれるのは好きじゃないから、そこのところよろしくね」

「私はモニク・ル・クレジオ」



彼は険しい顔つきで頷いた。
モニクは基本的にこちらが催促しなければ挨拶や自己紹介などはしないのだが、美味しい紅茶が飲めただけあって、自分から口を開いた。
いわゆる、餌付けとやらかもしれない。
重く閉ざされていた唇がゆっくりと開いた。



「僕はドラコ・マルフォイ…寮はスリザリンだ」



近くでまじまじと見たのは初めてかもしれない。
直接会話をしたのは初めて出会った日、そう、ナマエが彼と出会った日だ。
ちょくちょく彼とナマエが会っているのは知っていたが、二人でいるのを遠目に見たことがあっても声をかけることはなかった。
いつか話したい(というよりナマエが惚れ込んでいる人がどんな男であるのかを知りたい)と思っていたから、このお茶会は絶好の場に思う。
ブロンド、いえ、白に近いブロンドの髪に、透き通るように白い肌。
目は何か宝石のようで、ルックスに関しては特に文句をつけるところはない。
(強いて言うなら顔から滲み出る自信や高慢さであろうか。)



「さっ、ドラコが持ってきてくれたお菓子もあるから、みんなで食べましょ」



ドラコ・マルフォイの隣に座るナマエは彼のカップに紅茶を注ぎながら言った。
頬は高揚したように赤く、彼女もきっと緊張しているんだろうなと思った。
ことの始まりは、ナマエがあまりにドレスを決めることができず、彼に選ばせたいと言い出したことだ。
ならば彼をこちらに呼ぶしかないという話になり、すると彼は私たちに土産に紅茶やお菓子を持ってきたというわけだ。
まあ、ここでは私たちはナマエの家族のようなものだから、その私たちに彼が土産を持ってくるのは当然なのだが、きっとナマエが話していたのだろう、かなり上等な英国の紅茶を引っさげてきたのだ。
自分で持ってきた紅茶を飲みながら、彼は静かに目を伏せていた。



会話は案外スムーズであった。
特に当たり障りのない、天気の話だとか対抗試合の話だとか、とりとめのない話ばかりだ(ホグワーツの代表選手でもあるハリー・ポッターの話が出た時にはなぜか少し不快そうな顔をしたような気がしたけれど)。
沈黙になりそうになるとナマエが明るい声で何か言う。
はじめて恋人をつれてきた家の空気はきっとこんな感じなのだろうと考えていると、テーブルの下でモニクが私の足を踏んできた。
靴が汚れるのと痛かったので、何よ!と言ってやろうと思ったが、見るとモニクの目があまりに強く何かを訴えかけてくるようだったので察して黙った。
なに、と顔をしかめて睨みつけてやると、モニクは小さく、ドレス、と言った。
なんだろう、変な人である。



「そうよナマエ、今日はドレスを見てもらうために来てもらったんじゃない。候補にしておいたドレスを持ってきたらいいわ」

「そうね。ちょっと待ってて」



ナマエが立ち上がって部屋を出ていく、その背中を気にするように彼は見ていた。
さて、彼女一人いなくなるだけでなんだか気まずい空気になるものだなと考えつつ口を開こうとしたら、隣でカシャンと音がした。
驚いて見ると、モニクが紅茶をかき混ぜるスプーンを置いた音だった。
彼女の目は、目の前の彼しか捉えておらず、真っ向から彼を見ていた。
最初より空気が張りつめた。



「あなた、スリザリンにしては大人しすぎると思うの。あなたの寮、闇の魔法使いを多く輩出している上に狡猾な生徒が集まる寮で、他の寮からの評判は最悪だわ。少し調べさせてもらったけど、あなたってスリザリンの中でも力があるのね。それに人気があるみたいね、それも自分の寮の中だけ、他の寮からは嫌われてるようだし。ストーカーじゃないわ、ただの好奇心。ナマエの話を聞いてるとこのイメージと大きく食い違うから気になってたの。別に、ナマエの前でいい子ぶるのは構わないけど、騙すようなことは許さないから」



あまりにモニクが一気に喋るので私は呆気にとられてしまった。
それは彼も同じらしく、口を薄く開いてモニクの顔を凝視しかえしていた。
彼女がこんなにべらべらと喋るのは滅多になくて、私は珍しがった。
そして、なぜナマエを部屋から出させたか、ここでやっと理解したのだ。
彼は驚いたように黙っていたが、小さく息を吐いて紅茶のカップに口をつけた。



「確かに僕は狡猾なスリザリンで、他の寮からも煙たがられている。それを彼女に隠しているのも確かだ。でも彼女を傷つけようだなんて夢にも思わないし、だからこそ彼女に言っていないだけだ」



モニクはそれ以上何も言わなかった。
正直なところ、私はスリザリンという寮に興味は湧かなかったし、ナマエの話を鵜呑みにして何も疑うこともしなかった。
そんな点でモニクには感心した。
そして何より、ドラコ・マルフォイだ。
今まで緊張により隠れていたものが露呈しはじめた。
きっと、ナマエにはまだ知らない彼の一面がある、でもそれを彼女が知ったとしても、彼女は気にすることなく彼を慕うのだろうという確信があった。
根拠なんてものはないのだけれど。



「これとこれ…あとこれとこれね、エムリーヌが選んでくれたの。この中でどれがいいかなって」



そこに急にナマエが入ってきたので私たちはなぜがギクリとしてしまった。
気まずさを感じ共犯的な視線を互いに送りながら私は立ち上がった。
ナマエが持っていたドレスを何着か持ってあげる。
ドラコ・マルフォイはそれらに目を通し、そして彼女の方へ歩み寄った。
彼女の右手にあったドレスを持ち、ナマエの体に合わせ、それをあてがった。
深緑のような色のドレス。



「これがいい。スリザリンの色で、君によく似合う」



先ほど私たちに発した声よりはるかに柔らかく甘い彼の声に、私はモニクに視線を送り、彼女もまた私を見た。
ナマエが幸せだと感じるのならば、それでいいのだと思う。

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