床にノートを落とすとページの間に挟んでいた紙も滑り出して辺りに散らばった。
大した内容も書かれていない紙が風に舞いそうになる。
焦って拾い始めて何枚目かに手を伸ばそうとすれば、角ばった手が視界に飛び込んできた。
その手は手際よく数枚の紙を拾い集めて、そしてその束を僕の方へよこしてきた。
「えっ」
「これ」
少し動揺しつつも受け取った。
この目の前にいるスリザリンのセオドール・ノットとは言葉を交わしたことがあったかと必死に記憶を辿った。
それでも特に何も思い浮かばなかったのだから、それほどの交流はないのだろう。
僕のことを赤毛だの貧乏だのと馬鹿にするスリザリン生はいるが、その中に彼がいたことはない。
たじたじになって、それでも立ち去ろうとするノットの背中につかえながら言葉を発した。
「あ、ありがとう」
ノットは表情のない顔で振り返って僕の顔を見た。
そして僕に向き直って目を直視してきた。
無言の時間に僕はなぜかどぎまぎしてしまう。
「ミョウジが、世話になっている」
「あ、うん」
「感謝してる」
ノットはなおも表情がなかった。
まあ、彼と何度も何度も顔を突き合わせたことがあるわけではないから、どれほど彼の表情が豊かさを持っているかなど知る由もないのだが、淡々と言う彼に少し恐れすら抱く。
何と返していいかわからず、こくこくと頷いた。
「あと、グレンジャー。彼女にも礼を、言っておいてくれ。この間のダンスパーティーの件だ」
「直接言えばいいじゃないか」
「いいや…マグルは嫌いだ。」
そうか、ノットは純血主義者だ。
列記としたスリザリン生だが、僕への感謝の気持ちだかで手助けをしてくれたわけだ。
なんだか少し感慨深い。
「僕も、君に感謝したい」
「…僕に?」
「うん…君のおかげでナマエはスリザリンで救われて、それで、僕らとも仲良くなれて…とにかく、ありがとう」
「…別に…したいことをしてるだけだ」
「あ…ナマエがいつも言ってる…ノットは素っ気ない振りをしてるだけで本当は優しい人だって」
それを聞いたノットは目を少し大きく開いた。
僕も、何を言っているんだと我に返ってなんだか恥ずかしくなったが、すぐにそんな考えは飛んだ。
あのノットの口角が、くいと上がったからだ。
これがノットの嬉しい時の表情なのか。軽く衝撃だ。
「どう思うかは勝手だ…じゃあ」
ノットはその表情をすぐに打消しいつもの無表情に戻ると僕に背を向けて歩きだした。
もう呼び止める理由も話したいこともないから黙ってその背中を見送った。
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「…マルフォイ」
じめりと湿った声だと思った。
振り返ると、そこには目を腫らしたパーキンソンが立っていた。
僕の両側に立つクラッブとゴイルがぎくりとしたのを感じた。
僕はというと、努めてどんな表情もしないようにしていた。
「なんだ」
「パーティー、どうしたのよ」
「なんのことだ」
「約束を破ったじゃない!どこに行ってたの!?」
「君には関係ない」
「あるわよ!どうして?どうしてあの女を構うの!?」
「・・・」
「ミリセントから聞いたわよ、パーティーの前の話!」
ブルストロードがどこからどこまで見ていたのかは知らない。
そして、一連の出来事がパーキンソンに伝わっていたとしても、僕は何も気にすることはないと、本気で思っていた。
息を荒くし、今にも腫れぼったい目から涙を流しそうになっているパーキンソンを、静かに見た。
「だから、どうした」
「どうした、って…そんなにあの女が気になるの?好きなの!?」
「なんでそうなる、そんなわけないだろう。君がよくわかってるはずだ」
「じゃあなんで私と踊ってくれなかったのよ!」
パーキンソンの甲高い声が響いて頭痛を起こす。
耳を塞いでこのまま彼女に見向きもせずに立ち去りたい衝動に駆られる。
頭痛とともに耳鳴りもしてきた。
「私聞いたのよ…あの女とノットがパーティーの後にキスしてたって」
しかし、その耳鳴りもすぐに消えた。
静寂が訪れた。
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