鏡の前で深呼吸をする。
ドレスの裾を軽く手のひらで払った。
ブルーのドレスに、ノットがくれたティアラはよく合った。(それを彼がどこで調達してきたのかは全くの謎であったが、とにかくセンスはいい。)
ハリーやノットと散々練習したステップを一人で踏んでみる。
ドレスのせいだろうか、かなり様になっているようで、頬が緩んで笑顔になってしまう自分がいた。
「さあ、そろそろ私たちも行きましょう」
鏡越しにハーマイオニーが見えた。
パープルのドレスはとてもエレガントで彼女によく似合った。
私は緩んだままの微笑んで、そうだね、と返事した。
ノットとは会場の入り口で会う約束をしていた。
部屋を出るとロンにハリー、ジニーがいて、彼らは私たちを見るなり笑顔になった。
(ロンはハーマイオニーを見て顔を赤くしていて可愛かった。)
私たち5人は談笑しながら歩いた。
今日のためにたくさん練習したダンスだ、今日ノットと踊ると考えただけでわくわくする。
会場まであと少しのところまで来た。
階段を降りきって、ドレスの裾を汚していないか確認しようと下を向いた次の瞬間、ナマエ!と叫ぶハーマイオニーの声が耳に入った。
驚いて顔をあげると、私の目はすぐにアイスブルーの瞳を目の前に捉えた。
するとすぐに周りが煙りに包まれて、腕をぐいと引かれた。
ハーマイオニーがまた私の名前を叫んでいたが、私は引かれるままに走っていた。
「離、して!」
「嫌だ!」
誰だか正体がわかるのに時間はかからなかった。
私が手を振り払おうとしても、マルフォイがそれ以上に強い力で掴んでくる。
そのままずるずると引きずられるように走り、気づけば周りには人も煙りも、ほとんどなくなっていた。
ようやくマルフォイが足を止め、私も止まることができた。
ぜえぜえと息をしながら彼を見上げると、冷たい視線がこちらを見下ろしていた。
「何の真似なの…」
「君が悪い」
「なんでよ!ドレスもこんなになっちゃって、っつ…」
ドレスの裾は何度か踏みつけてしまったのか、所々黒くなったり破れていたりした。
しかし言おうとした瞬間に右の足首に痛みが走った。
履き慣れないヒールの靴で走ったからだろう、足を捻ってしまったようだ。
痛みに顔を歪めた私にマルフォイは少しびくりとしたが、依然として私の手は強い力で掴まれたままだ。
「踊れなくなっても自業自得だ…」
「自業自得って…あなたに私を罰する権利があるの?先生でもなんでもないくせに!ただパーティーに出てあなたも認めるノットと踊りたいだけよ!」
マルフォイに掴まれた手からギシギシと骨の軋む音が聞こえそうなほどの力だった。
彼の目に怒りが募るのが見てわかったが、怯んでしまっては負けだった。
「私はあなたの子分じゃないし、もうあなたは偉くないの!」
「スリザリン失格なお前を戒める必要があるだけだ!」
腕を振り解こうともがくが、彼の力には勝てそうにない。
足がズキズキと痛む。
涙が出そうになるのをグッとこらえる。
こんなのあんまりだ。
「顔も見たくないって…もう近づくなって言ったのは誰!こっちの台詞よ!」
叫んだ途端、掴まれていた手の力が緩んだ。
はっとして彼の顔を見ると、彼は眉を下げて唇を噛んでいた。
そのまま力なく、ゆるゆると彼の手は私の腕を放した。
ぽとりと音をたてるように手が下ろされる。
どうしたらいいのかわからなかった。
ただ、それ以上彼の顔を見る勇気がなかった。
彼を見ないまま踵を返してパーティー会場を目指した。
まだズキズキと痛む足を引きずりながら歩く。
マルフォイは何も声をかけなかったし、追いかけても来なかった。
「どうした」
会場に着く前にノットが目の前に現れた。
驚いて顔をあげる。
ノットは無表情に、だけどそれでも私に手を差し伸べた。
よろよろと彼に近づいて、その手を遠慮がちに取った。
彼は少し握りかえして、私を支えた。
「ドレス、ごめんなさい…」
「マルフォイだって、聞いた」
「誰から…?」
「グレンジャー」
そう言いながらノットは私の足元に屈んで小さくレパロ、と唱えた。
破れた裾がきれいに治る。
そして自分のネクタイをほどいて私の足首に巻きつけた。
驚いて何もできないまま彼の行動だけ見ていると、彼が私の手をとった。
「踊るなと言っても聞かないだろう」
自然と笑顔になっていた。
二人は、今まで練習したなかでも上手な方とは言えなかったが、それでも楽しんで踊った。
ノットがしっかりと私を支えてくれていたおかげで足もあまり痛まなかった。
ただ、ずっと頭の隅にずっとマルフォイの切なげな顔があって、打ち消すことができなかった。
ずっとパンジーが一人で会場をおろおろと歩き回っていたのは、後に知った。
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