私は手にお菓子を握ったままぼーっとしていた。
今起きたことを冷静に考えていたのだった。
他の寮で時間を潰して遅くにスリザリン寮に帰って来ると、そこに立っていたゴイルが私に向かって何か投げてきた。
これまで悪口を言われることは死ぬほどあっても直接に攻撃を喰らうことはなかったから思わず体を硬くして構えた。
しかし、特に何も痛みはなく、体にお菓子がぶつけられただけだった。



驚いてゴイルの方を見ても、彼はもう背を向けて歩き出していて、私は唖然として地面に落ちたお菓子を見下ろす。
よくクラッブと三人で食べていたものだ。何を意図してこれを投げてきたのか。
考えながら、私は前の日々が恋しくなってきて泣きそうになるのを感じた。



「ミョウジ」



顔をあげるとノットがいた。
相変わらずの無表情で私を見ている。
とっさに笑わなければ、と思った。



「まだ部屋に入らないの?」

「君も」

「私は…別にいいじゃん」

「笑顔がぎこちなさすぎる」



ノットはため息をつきながら少し笑った、気がした。
未だに彼の表情のバリエーションを私は把握してないように感じる。
私はぎこちない笑顔をやめて苦笑した。
彼がソファに腰掛けるので、私もその隣に座った。



「それは」

「なんか、ゴイルがくれた」

「ゴイルが?」

「というか、投げつけられた」



ノットは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに真顔になってお菓子を見つめた。
その視線が少し居心地悪かったのと、食べたくなってきてしまったので、私はお菓子の袋を開けてそれを口に含んだ。
今度彼の視線は私の口元へいく。



「寂しいんだろう」

「え?」

「君がいなくなって、少なくとも彼はいい思いをしてないんだろう」



私は目をしばしばさせた。
ホグワーツに入学してこの方、ゴイル(とマルフォイとクラッブ)と離れたことはなかった。
いつも一緒にいた。
だからこそ私は寂しい思いをしているのだが、それが自分だけじゃないと思えるのは嬉しかった。



「そうなのかな」

「うん」



私たちが話している間に何人かが通りがかったが、何も言わなかった。
私に構っているノットはスリザリンで一二を争う秀才で、みんなに一目置かれている存在だ。
マルフォイ以外誰も彼に文句を言ったりしない。
それが私にとっては物凄く有り難いことだった。



「一個あげる」

「ありがとう」

「甘いの好き?」

「まあまあ」



スリザリン寮は居心地が悪かった。
もちろん除け者にされているからという理由もあったが、それよりも他の寮の居心地の良さを知ってしまったというのがあった。
一度ハッフルパフ寮の談話室に行ったとき、スリザリンとの違いに絶句した。
私が本気でハッフルパフに入りたいと思ったほど素敵だった。
(でも結局、私が望んでいるのはスリザリンなんだけど。)



「ノットってダンス上手?」

「まあ人並みには」

「ふーん、意外」



ノットはしらっとした視線を私に送った。
彼はいい家柄のようだし、きっとダンスなんかは一般教養なんだ。
マルフォイだってすごくダンスが上手で…と、そこまで考えて首を振った。
彼のことは考えないようにしよう。



「君は見たまんまだ」

「どう意味よ」

「自分で考えたら」



少し睨んでやれば、今度こそ彼は笑った(つまり私が見てわかるくらい)。
私もつられて笑った。
ふいにノットが立ち上がって私の目の前に手を出した。



「君がパーティーで恥をかかないためにも練習する?」

「自分が恥をかくって言わないんだね」

「いや、僕もかくけど」

「あっそ!」



そう言いつつも彼の手を握った。
彼が私の腰に手を添える。
ノットは見た目より意外と筋肉がついているなあ、と私は思った。



「違う、次は右足」

「う、うん」

「ほらまた違う」



ノットが軽く私の頭を叩いた。
私は申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら謝った。
彼の少し呆れたようなため息が降ってくる。



「君って端から見てるより下手」

「ごめん…」

「センスない」

「・・・」

「まあ練習すれば上手くなるよ」



ノットがそう言ってまた私の手を取る。
彼に恥はかかせられないと意気込んで踊り出そうとした時、声がして私たち二人は動きを止めた。



「そいつの面倒、ご苦労だな」

「マルフォイ」



ノットはそう呟くように言って、私の手を放した。
私は手を後ろに組んで二人を交互に見た。
マルフォイはノットに向けていた視線を私に向けた。
嘲笑しながら。



「少し見せてもらったが下手くそだな。お前を選ばなくて本当によかった」

「安心しろマルフォイ、彼女は俺のパートナーだ」



そうノットが言うとマルフォイは少し彼を睨んだ。
そしてその攻撃的な視線はそのまま私に向けられる。
胸がズキズキ痛むのをこらえながら、その綺麗な瞳を見るので精一杯だった。



「君は僕に謝罪の言葉も何もないのか。僕は今までお前を子分にして一緒にいさせてやったんだ、その恩を」

「恩でも何でもないだろう。それに彼女は君の子分でもなかった。父同士の関係もないじゃないか」

「ノット…」



マルフォイがノットを睨んだ。
こんなにキツい視線をノットに向けたことがあったろうか。
私は少し怖かったが、いつの間にか口走っていた。



「子分じゃ、ない」



好きだった。
クラッブやゴイルとひとまとめにされる子分なんてポジションは嫌だった。
目頭が熱くなるのを感じたが、唇を噛み締めて我慢した。
マルフォイは一瞬目を見開いたが、直ぐに目をつり上げて私を睨んだ。



「本当に、見損なった」

「ミョウジのことは、もうとっくのとうに見損なっていただろう」

「…君もだ、ノット」



マルフォイは私とノット両方をしっかりと睨み、そのまま踵を返して立ち去った。
その足音には怒りが感じられる、気がした。
私は気まずくなって俯きながら言う。



「…ごめん」

「いや、いいよ。僕は事実を言ったまでだから」



とてもこれ以上踊る気にもなれず、しばらく二人とも黙りこくっていた。



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