「一体ハーマイオニーは何を考えているんだろう」
「透明マントを貸してほしいって言ったんだろう?何かマルフォイたちに仕返しする方法を考え付いたんじゃないかな」
「ミョウジには散々な目にあったからね」
僕とロンで談話室へと向かっていた。
ハーマイオニーに呼ばれていたのだ。
しかし、いつもの暖炉の前に彼女の姿を見つけて、近寄って絶句した。
そこにはあの、スリザリンのミョウジがいたから。
「ハーマイオニー、だ、誰…?ポリジュース薬で」
「違うわ、ロン。本人よ」
その言葉に僕らは再び絶句した。
彼女ら二人は毛布で体を包み、暖炉の前で暖をとっていたようだ。
ミョウジは気まずそうに下を向いた。
僕らはどうしたらいいか、わからなかった。
ただ気まずい沈黙だけが流れる。
「二人とも、突っ立てないで座りなさいよ」
ハーマイオニーの言葉に僕らはしぶしぶと座った。
これは何かの罠ではないか。
僕はハラハラしていた。
何せ、あのミョウジが目の前、それもグリフィンドール寮の談話室にいるのだから。
とても信じられる光景ではない。
「えっと…ナマエ・ミョウジって言います…」
「ぼ、僕はハリー・ポッター」
「ロナルド…ウィーズリー…」
なぜか自己紹介が始まった。
お互いのことは、よく知っているはずなのに。
彼女がそう言い出したので、なぜか僕も可笑しいとわかっていながら同じように答えてしまっていた。
ハーマイオニーが吹き出した。
「もう、三人とも何してるのよ」
「何って、僕らが聞きたいよ!どうしてスリザリンのこいつがここにいるんだ!」
「しっ!静かにしなさいよ!」
ハーマイオニーにぴしゃりと言われロンは黙った。
でも、僕も同じ気持ちだった。
どう考えてもこの状況はおかしい。
するとハーマイオニーが話し始めた。
「今日ミョウジがマルフォイたちといなかったっていう話は聞いたわよね」
「ああ、聞いた」
「その理由なんだけど…」
視線はミョウジに注がれた。
彼女は少し視線を泳がせたが、少し俯き加減に話し始めた。
「決闘クラブでロングボトムにとどめを刺せなくて、嫌われてしまって…スリザリンの恥だって…顔も見たくない、近づくなとも言われて」
「そんなことも言われたの?」
ミョウジの目に涙が浮かんでいるように見えた。
ハーマイオニーがそんな彼女の背中をさする。
何が何だかわからない。
僕は夢を見ているのか。
隣のロンを見ると彼は口をあんぐり開けたまま二人を見ていた。
「私、決闘クラブの後に考えたのよ。普通のスリザリン生なら、あそこで容赦なくとどめを刺していたわ。後で医務室でネビルから聞いたんだけど」
「トレバー、見つけてくれた」
急にハーマイオニーの話が遮られた。
僕ら四人で驚いて見ると、そこにはネビルがパジャマ姿で立っていた。
彼は乗り出すように言った。
「確かに君だったよね、ホグワーツに来る汽車で僕のトレバーを見つけてくれて…それでもういなくならないでって、僕に返してくれた」
僕は耳を疑った。
ミョウジがトレバーをネビルに渡したって。
驚いてミョウジの顔を見ると、彼女は悲しそうな嬉しそうな、変な笑い方をしていた。
「よく覚えてたね…そう、あれ私」
「やっぱり…」
「ごめんね、決闘クラブの時、ルール無視してあんなことして」
「ううん、君はとどめ、刺さなかったじゃないか」
ミョウジが、ネビルに謝った。
ネビルは少し涙ぐんでいた。
不思議な光景に僕は目を見張った。
「本当にそうだったのね。だから私、きっとミョウジは、本当は悪いやつなんかじゃないって思ったのよ」
ハーマイオニーが言うと、不思議と説得力があった。
彼女がミョウジの方を向くと、ミョウジは気まずそうに俯いたが、すぐに顔をあげた。
ドキリとした。
嫌味ったらしい顔以外の彼女を、初めて見た気がした。
「ポッター、ウィーズリー…君たちにも謝りたいの」
「えっ」
「…え?」
驚きの声しか出ない。
何の風の吹きまわしだ。
困惑が渦巻いてロンの顔を見るが彼はただ前を向いたままあ然としていた。
そんな考えの僕をよそに彼女は話を続けた。
「今日グレンジャーに助けられて、謝らなくちゃと思った。私、マルフォイのことが好きで、馬鹿だと思われるかもしれないけど、それが理由でスリザリンに入ったの」
ミョウジは暖炉の火を見つめながら、何かを考えるように言った。
彼女は、こんな話し方をする人だったろうか。
まるで別人だ。
暖炉の火が彼女の顔を照らして、きれいだと思った。
「それから私、たくさん努力した。スリザリンに、マルフォイの隣にいるのに相応しい人間になるために。嫌味の言い方とか、意地悪い笑い方とか、何度も鏡の前で練習したんだ」
その言葉にハーマイオニーがくすくすと笑った。
ミョウジも少し笑った。
それにつられて僕ら三人も笑った。
一瞬空気が優しく揺れた。
「でも…どうしてもロングボトムにとどめを刺せなかったの。あの日のこと思いだして、どうしても杖を振れなかった」
ネビルは今にも泣きだしそうだった。
ミョウジの目にも涙が見て取れた。
その目が火に照らされてキラキラと光る。
「今となっては、もう何も意味がなかったの。今までの努力は、マルフォイのためだったから…正直、私…マグルに偏見はないし、赤毛を汚いとも思わないんだ」
そう言ってミョウジはロンの髪をそっと撫でた。
ロンはガチガチになりながら目を丸くしていた。
ミョウジの視線は今度は僕に向いた。
彼女は、こんな表情もできるのか。
本当に、本当に彼女は別人だった。
僕はただ彼女の顔に目を見張ることしかできない。
「ポッターだって嫌いじゃない。確かにマルフォイのライバルだから良くは思わなかったけど…すごく勇気のある人だと思う」
もう僕は違和感を感じなくなっていた。
彼女はもうスリザリンのミョウジじゃなくて、ただの女の子だった。
「これももう必要ないや」
ミョウジは一冊のノートを取り出し、それを暖炉の火に放り込んだ。
ぼうっと音をたててノートは燃えた。
ロンが遠慮がちに言った。
「今のは…?」
「悪口ノート」
「え」
「みんなの悪口。どんな嫌味を言うかとか、たくさんメモして使ったんだ。グレンジャーは髪がホウキ、ウィーズリーは貧乏で不潔な赤毛、ポッターは傷物、ロングボトムは間抜けの腰抜け…みたいな感じにね」
ミョウジは顔を歪めて笑った。
それは自嘲だった。
でも僕らは笑った。
彼女はやっぱりその歪んだ笑顔だった。
「ハリー、あなたの透明マントは彼女をここに連れてくるときに使ったの」
「そうだったんだ」
「あと、私たちのことは名前で呼んで」
ハーマイオニーはミョウジに言った。
彼女は一瞬面喰った様子だったが、小さく頷いた。
「ありがとう、ハーマイオニー」
「ええ」
「ロン、ハリー、ネビル…ごめんね」
「いいよ、そんなこと」
「気にしないで、ナマエ」
僕に名前を呼ばれたナマエは驚きつつも、柔らかく笑った。
本当の彼女の姿だった、ように思う。
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