うっすらと目を開けた。
カーテンの隙間からさんさんと太陽の光が差し込んでいる。
私は勢いよくがばっと起き上った。
慌てて時計を見れば十時を回っていた。
部屋を見渡すが、誰もいない。
それどころか、寮の中に誰の気配も感じられないのだ。
頭をがしがしと掻いた。
昨夜はマートルに会いに行った帰りに迷子になり、部屋に帰ってくるのがかなり遅かった。
幸いにも、セドリック・ディゴリー以外の誰にも会うことはなかった。
泣くことは案外体力を消費するようで、私は今まで死んだように眠りこけていた。
授業に出なければ。
慌てて支度を初めて、手を止めた。
ネクタイが無残にもビリビリにされていた。
まるでお前はスリザリン生の資格がないというかのように。
パンジーの仕業に違いない。
今朝も、誰も私を起こしてはくれなかったし(当たり前か)。
何かあった時のためにネクタイはもう一本用意してあった。
まさかここで役に立つとは。
自嘲ぎみに笑って私はローブを羽織った。
- - - - - - - - - - - - - -
私は魔法薬学の教室に駆けこんだ。
よかった、前の授業は出られなかったけど、この時間には間にあった。
すぐにパンジーと目が合った。
私のネクタイを見て一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにあの勝ち誇った顔をしてマルフォイの腕に自分の腕を絡めた。
二人で席に座り、その後ろにはクラッブとゴイルが座っている。
今日の授業は前回の予告通り、ペアを組んで進められる。
私は席についたが、もちろん隣には誰もいなかった。
どうしよう。
そう考えていると、スネイプ先生が教室に入ってくるのと同時に誰かが私の隣に座った。
「ノット…?」
それは同じスリザリンのセオドール・ノットだった。
私が小さく驚きの声をあげても、彼は無言のまま前を見ていた。
授業が始まり、調合の指示が出された。
それぞれが作業を始めて行く。
「何してるのノット、私といたらみんなに…」
「別にいい。それより調合だ」
ノットは黙って調合を始めた。
私は視線を落としたが、そうもしていられず手伝いに徹した。
彼は優秀だから、私が手を出したら逆に迷惑だろう。
彼の活躍のおかげて、私たちはスネイプ先生に褒められた。
合同で授業を受けていたハッフルパフの生徒は拍手してくれたが、スリザリンの生徒は誰ひとりとして拍手しなかった。
授業後、マルフォイが言った。
「ノット、何をしているんだ。そいつに近づくと気高いスリザリン気質の君が汚れるぞ」
マルフォイの顔をようやく直視することができた。
冷たい視線。
いつもポッターやウィーズリー、グレンジャーに向けられているこの視線が、自分に向けられようとは考えもしなかった。
私は苦しくて、息をするのも辛かった。
「なんでそう思う」
「君も見ていただろう。決闘クラブでのそいつの無様な姿を」
私は溢れそうになる涙を必死にこらえた。
マルフォイの言葉は生身の私の心臓に容赦なく突き刺さる。
そこから血液が流れ出すのを感じそうなほど、深く。
「ああ、見た。確かに彼女は無様だった」
「そうだろう。ならば」
「でも僕はミョウジを、君らのように嘲たりはしない」
ノットはそう言って私の手首を掴んで教室を速足で後にした。
背後でマルフォイがノットの名前を叫んでいたが、彼は気にすることなく足を進めた。
しばらくして、彼が足を止めた。
「ノット…」
「・・・」
「ありがとう」
「僕は、別に」
彼は無表情に言った。
彼は一匹狼みたいなところがあって、みんなが悪口を言っているところに混ざっているのを、ほとんど見たことがなかった。
私はほっとしたのか、また涙がこぼれそうになった。
「ごめん、ノット…今、一人になりたくて」
「わかった…じゃあまた寮で」
「うん」
ノットは何も追求せずに去って行った。
彼の意外な優しさに胸がいっぱいになるのを感じたが、何よりマルフォイの冷たい視線が私の頭を支配していた。
目頭がどんどん熱くなる。
人気の少ない廊下に出た。
太い柱の陰に隠れる。
周りに誰もいないことを入念に確認した。
もう限界だった。
「っく…」
涙が流れた。
目が燃えているのかと思うほど熱い。
マルフォイに嫌われた。
実感がどんどん湧いてくる。
私は、彼に、嫌われたんだ。
「ミョウジ…」
不意に声がして私は驚いて顔をあげた。
そこにはバリバリの髪のグレンジャーがいた。
なぜ、周りに誰もいないことを確認したのに、どうして彼女が目の前にいようか。
それも、よりによってグリフィンドールのこの女が。
私はすぐさま杖を構えた。
「グ、グレンジャー…私、に、何の用、!」
「その杖をさげて、何もしないわ。それにあなた、ちゃんと喋れてない」
私は杖をさげなかった。
彼女に向けられた杖は小刻みに震えていた。
いきなりグレンジャーが私の両手を掴んだ。
「やめてっこの、穢れた血…!」
「嫌なら振り払いなさいよ!できるはずよ!」
確かにそうだった。
彼女は私の両手を掴んだけど、それほど力は強くなかった。
振り払おうとすれば簡単だった。
でも私は振り払わずに、力なくしゃがみ込んだ。
「何か様子がおかしいと思ったの…あなた、今日の変身術の授業には出ていなかったし、魔法薬学の授業ではマルフォイと一緒にいなかったそうじゃない」
グレンジャーの声は優しかった。
こんなに優しい声をかけてもらったのは、いつぶりだろう。
私の目からは、また涙が流れ出していた。
「私…マルフォイに嫌われ、ちゃったの…」
途端、私は温かいものに包まれた。
一瞬何が何だか理解できなかったが、すぐにグレンジャーに抱きしめられていると気づいた。
私の頬に触れる彼女の髪は、見た目よりずっと柔らかった。
「原因は、決闘クラブでのネビルとの対戦ね」
「うっ…ううっ…」
ついに嗚咽が漏れてしまった。
グレンジャーは私を抱きしめたまま優しく背中を撫でてくれた。
余計に涙が止まらなくなる。
私は今まで散々意地悪をしたマグルであるグレンジャーの腕の中で、赤ちゃんのようにわんわん泣いた。
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