「ナナシ、ボタンが取れちまった!」
「はぇ?」



バーン!と私の部屋の扉を開けてずかずかと入ってくる朔さん。手にはいつも着ている黒のコート。



「…なに抜けた顔してんだ?」
「や、いきなり何だろうと思って」
「だから!コートのボタンが取れたんだって!」
「あーほんとだあ取れてるー」
「取れてるー、じゃないっつの」



ぺしんと軽く頭を叩かれる。こんな動作にも愛情を感じずにはいられない私は重症だろうか。朔さんは私のそばにドカッと腰を下ろし、コートを差し出す。



「直してくれ」
「ええー…そんなのウサギに頼めばいいじゃん」
「ナナシも得意だろ?こーいうの」
「まあ、一応出来るけど…」
「よし!じゃあやってくれ!」



にこー、と子供みたいな笑顔で笑いかけられる。そんな風にされたら断るに断れないじゃないかっ!仕方なく私は針と糸を探す。



「急いでやったほうがいい?」
「いーや?今日はもう着ないから急がなくてもいいぞ?」
「なら終わったら朔さんの部屋まで届けに行くね」
「…なんでだ?」



きょとんとした表情をする朔さん。くそう、可愛すぎる…!



「だって朔さん忙しいでしょ」
「ばっか、お前わかってねえなあ!」
「?」
「おれがわざわざここまで来たのはナナシに会いたかったからに決まってんだろー?」
「…そんなこと言って私を殺す気ですか」
「あれ、トキメいた?」
「かなり」



朔さんが隣にいるせいでなかなか手元に集中できない。静かにしていると思えば私の手をガン見してるし。



「朔さん見すぎ」
「いや、ナナシって器用だなーと思ってよ」
「そうかな……うあ、」
「どうしたー?」
「針刺さった」
「え、大丈夫か?」
「わ、血出てきちゃった。絆創膏ないかな」
「見せてみな」



私は朔さんの方へ出血した指を出す。刺さったといっても所詮は裁縫用の針なため、傷も出血も騒ぐほどのものではなかった。ただコートを汚してしまってはいけないというだけだ。



「こんなの舐めとけば治るんじゃないか?」
「やだよ、汚い」
「そんなことねーって」



ペロリ、と赤い舌が私の出血した指を舐める。もちろん血も綺麗に舐め取られた。舌が指に絡みつくたびに背筋がぞくっとする。



「…鉄の味がする」
「血だもん」
「ははっ、そうだな」
「、…もう離してほしいなー、なんて」
「えー」
「だってまだ終わってないし」
「終わったらまたやってもいいか?」
「終わったらやる必要ないんじゃない?」
「つれねーなあ」



朔さんは渋々私の指を解放した。彼の口内にあった指は唾液で湿っていて、外気に触れたことでひんやりとしていた。そして私の指を舐めていたときの彼の上目遣いの威力がハンパないことを学んだのだった。