「もうヤダ最悪ーーーーー!」



艇に戻るなりお風呂場へ直行する私。今日は燭先生に付いて研究材料を採取しに出かけていた。馬車馬のようにこき使われた挙句、作業に夢中になりすぎて知らないうちに沼にはまってしまったのだ。しかも先生バカにするだけしてなかなか助けてくれなかったし!とんだサディストだほんと!ずんずんとお風呂場へ向かっていると、途中の角から喰が現れた。



「あ、おかえりー…てなにそのカッコ」
「……沼にはまった」
「ナナシ、バカにもほどがあるんじゃない?」
「みんなが助けてくれたらもっと被害は最小にとどめられたはず」
「だから予定よりも帰ってくるのが遅かったんだ?」
「うん」
「ぼく待ちくたびれてたんだよ?」
「ごめんって。とりあえずお風呂行ってくる」
「ん、じゃあソファで待ってる」
「おっけー」



今までの経験からして、彼を待たせるとこっちが不利な状況になりかねない。口論では絶対に勝てないし。付き合うまでは気付かなかったけど、意外と子供っぽいところがあるんだよなあ。私はそんなことを考えつつも、素早く身体と髪を洗い、お風呂場を後にした。喰はソファでまたいつもの薬草の本を読んでいた。



「またそんなの読んでるの」
「あ、もう出たの」



早かったね、と本から目を離してこちらを見ながら言う彼。早くしないと機嫌を損ねるのは誰よ。そう心でつぶやき、髪を拭きながら彼の隣に腰掛ける。



「うーわ、なんかエロい」
「どこが」
「濡れてる髪の毛とか唇とか」
「今日はシないからね」
「わかってるよ。ぼくだって明日の朝は早いからね」



喰はこういうところはしっかりしていて、仕事とプライベートのメリハリをしっかり付けられている。



「もっとこっち来なよ」
「あ、うん」



腰に手を回され、ぐっ、と彼のほうへ引き寄せられた。手にしている本に目を落とせば気持ちの悪い形をした植物がカラーで紹介されている。



「キモい植物ばっか」
「これは神経毒を持つ植物の一種で、特に目に対して強い毒性を持つんだよ」
「じゃあこの毒が身体に入ったら目が見えなくなるの?」
「うん、しかもこの毒は回りが早いから気づいた時には見えなくなってる」
「……なんて本読んでんの」
「こういうのはほんの少ししか載ってないよ」



ホラ、と他のページをペラペラと捲っていく。確かにどのページにも良薬の作り方などが紹介されている。



「じゃあその毒を飲んだら喰は目が見えなくなるのかあ、」
「ちょっと、なんでぼくが毒を飲む体になってるの」
「そしたらこのキレーな金色の瞳もなくなっちゃうのかな」



喰の頬に手をやり、その両眼をじっと眺める。眼鏡をはずせばその魅力はさらに上がる。なんて綺麗な瞳なんだろう。私が見とれていたら、喰が片手を伸ばし、同じように私の頬に触れる。そして鼻先がくっつくくらい近くに顔を寄せてきた。



「ぼくはナナシの眼のほうが好きだけど?」
「いや、わたしは喰の眼のほうが好きだな」
「じゃあ片目ずつ交換しよっか?」
「やだよ、痛いじゃん」
「燭先生なら上手くやってくれるかもよ?」
「燭先生…」



今日の出来事がフラッシュバックする。今度会ったら絶対に文句言ってやろう。そう心に誓った。



「ナナシ、燭先生のこと考えてたデショ?」
「え?うん」
「だめ、ぼくのことだけを考えててよ」



そう言われた瞬間、むっとした表情の彼に唇を奪われた。自分から言い出したくせに、と言いたくなったけど、思った以上にキスが気持ちよかったため、ごめん、とだけ言ったあと、私は再び唇をくっつけたのだった。