「今度、合コンてのに行ってみようと思う」



それを聞いた瞬間、おれの表情が固まる。



「え、なに、どゆこと?及川サンナナシちゃんの言ってることが全然わからないよ」
「だからね、合コンに行こうと、」
「な、なんで?」



突然のこと過ぎて大声の代わりに出たのは自分でもわかるくらい情けない声。しっかりしろ、おれ!



「おれのこと、嫌になったの?」
「ちがうってー、ただの人数合わせ!」
「ほんとに?」
「ほんとほんと!友達に頼まれたから断れなかったの」
「ふーん」



心の隅に小さな安心感が生まれた。よかった、愛想尽かされたわけじゃなかったんだ。いや、ぜんぜんよくないんだけど。合コンなんて。そう思うとまた気持ちが落ち込む。そんな自分に気付いたのかナナシはおれの頭をぽんぽんと叩いた。



「徹、大丈夫ー?」
「…大丈夫じゃない」
「終わったらすぐ戻ってくるから」
「…どこでやる?迎えに行くから」
「でも明日は部活あるじゃん」
「そうだけどさあ、…って、明日?」
「うん、合コン明日なの」
「…マジで」
「うん、マジで」



まさかそんな直近にあるとは予想外だった。自分の彼女が合コンに行くという事実を受け入れるにはもっと長い時間が必要だというのに。明日と聞いてそれまで自分の中にあった小さな安心感、妥協心はすべてどこかへ行ってしまった。



「………やっぱ行くな」
「え?」
「合コン、行かないでよ?」
「でも、もう約束しちゃったから」
「じゃあおれも行く!」
「徹は部活あるでしょー」
「部活よりもナナシの方が心配なの」
「一緒にご飯食べるだけだから大丈夫だって!ね?」



どうしても譲らないナナシ。ナナシはそう思ってても男どもは何を考えてるのかわからないんだぞ。おれは同じ男だからそれが分かる。



「それに徹だって合コンしたことあるでしょ?」
「…ナナシと付き合い始めてからはないもんね」



これは本当のことだ。ナナシと付き合い始めてからというもの、合コンはおろか、ナナシ以外の女子に必要以上に話しかけることもなくなった。岩ちゃん曰く、自分はナナシにかなりハマっているらしい。練習後の部室で若干引き気味にそう言われたのを覚えている。おれはナナシに向けて両腕を伸ばす。



「ナナシ」
「うん?」
「ハグ、」



そう言うとナナシは近くに寄ってきてふわっと抱きしめてくれて、自らもその背中に腕を回す。そしてぎゅっと、二人の距離を詰める。



「おれはね、ナナシが心配なんですよ、」
「…大丈夫なんですよ」
「大丈夫じゃないから言ってるんですよ」
「徹、怒った?」
「不安98%、怒り2%くらい」
「なにそれ」
「及川サンが怒るなんてそうそうないんだからなっ」
「ん、ごめんね」
「謝るくらいなら行くのやめてよね」
「今回だけだから。その後はもう二度と参加しない」
「……ほんとに?」
「うん、徹がいちばんだもんねー」



ふふっ、と笑いながらきゅっとさらに抱き着いてくるナナシ。ああもう可愛いな。これだからいつまで経ってもナナシから抜け出せないんだ。まあ、抜け出す気なんか全然ないんだけどもさ。おれはナナシの首筋に思いっきり吸い付いて、綺麗な赤い華を咲かせてやった。当然そんなことをしたらナナシは慌てるわけで。



「こんな見えるとこに付けないでよー…」
「見えるからいいんデショ」
「良くないよ!」
「害虫避けになるんだから」
「害虫って…」
「明日絆創膏貼っちゃダメだからね?」
「ええ!」
「だってそんなんしたら付けた意味無くなっちゃうじゃん」
「徹ってたまに性格悪いよね」
「こんな心の広い彼氏いないと思うけど?」
「う…」
「明日、楽しんでおいで?」
「(………悪い笑顔だ!)」